【閑話:とおい国へと】
わたくしの大切な旦那様へ
新しい環境でのお仕事、本当にお疲れ様です。そちらはきっとアズラントより暑いのでしょうね。どうかご無理なさいませんように。お食事はお取りになられていますか?お家の味とは随分と違うのでしょうね。食事の度にそう考えて心配してしまいます。
旦那様のいないお家はとても広く感じます。こうしてお届けいただけるお手紙だけが、今のヴィェラの心の救いでございます。文字の端々から旦那様のお優しいお気持ちが伝わり、日々、私を支えてくれております。お忙しい中お気遣いいただき、本当に嬉しく思います。
2人の部屋を歩いていると、旦那様が受けられた賞や感謝状が目に留まります。わたくしの旦那様は本当に凄い方なのだと改めて誇りに思うのです。それと同時に、旦那様のお留守を精一杯お守りせねばと、その度に妻としての責任の重さに身が引き締まる思いがいたします。
わたくしの心はそうしていつも旦那様のお隣に寄り添っております。どうかご無理なさらずに、お元気にお帰り下さいませ。
いたらぬ妻ヴィェラより
追伸
とても毎夜淋しく不安なのです‥‥どうかご無事にお帰り下さい。
「くすん‥‥ヴィェラぁ‥‥あいたいよぉおお」
ごろんごろんと手紙を抱きしめてベッドの上を転がるマルクス。
恋しい妻への想いが双眸からとめどなく溢れていた。
航空機が首都とこの前線を行き来する中、ハーグリーブス将軍の計らいなのか、手紙は2日と開けず届いているようだ。
その新妻からの返信は激しく里心のつくものだったが、このマルクス中尉が決して司令を疎かにしないことは過去に証明されていた。
最初に聖騎士隊に接触をもってから、5日の時間を無為に過ごし今日遂に軍に使いの者が来た。
それはマルクスに苦い記憶をいやでも思い起こす相手だった‥‥‥
ばぁーん!!
「おまたせしたわ!」
お連れしますと駆け足で去った女性士官ではなく、来客ご本人様達が応接に突入してきた。
案内の女性士官が、目を見開き口をぱくぱくしている横をずんずんと入室してきたのは、かつて一度ここに訪問を受けた相手。
ラウメン聖王国ではほぼ最高位の相手。
聖騎士マミーナ・ラウミナスだった。
ご丁寧にあらあらお行儀悪いですよと、にこにこしたリーベと、手を引かれてにんまりのメーナまで居た。
つまり前回と同じメンバーだった。
取次に聞いていたので、聖騎士緊急対応マニュアルどおりに拝礼をとるマルクス。
前回はお叱りをいただいたのだが、今回は冒頭の言葉を見るに謝罪なのだろうかと、どっかり座ったマナミにあなたも座りなさいと言われ、ソファーに座りながらマルクスは思った。
ふるふると震えながらお茶とお茶請けが来ると、これをいただきに来ましたといった雰囲気のメーナは両手にクッキーを一つずつ持つジュノスタイル。
一度もマルクスを見たりはしない。
その視線は女性士官の持つお盆をロックオンして、偏差を持って追従していた。
お昼ご飯が食べられなくなりますよと、やんわりたしなめるリーベだが、メーナは怒る気はないなと見極めていた。
――今回は私達に非礼があったの‥‥お願いだから誠実に対応してね
リステルはそういって心配そうにマナミの肩を叩いたのだった。
――まかせておいて!
元気に返事をするマナミの鼻息に、リステルは不安を募らせたのだった。
「‥‥‥なにか言いたいことがあるんでしょ!早くしなさいよ!」
腕組みのまま睨みつけるマナミは、入口の謝罪でリステルからの指示は済ませたと思っている。
(ちゃんと謝ったけど、話が進まないし。暇じゃないのよ)
そう考えてぷんぷんしていた。
そもそもミラサネル側が、今手が離せない状況で早く戻りたいのだ。
「は、はいぃ!」
マナミの視線に圧縮されて小さくなっていたマルクスが、詰めていた呼吸とともに返事をする。
ずずずと胸元からだした分厚い封書の束を、ローテーブルの上で押しやるマルクス。
「あ‥あの、これを‥‥‥し、使徒様にお渡し下さい」
手渡すなどとんでもないと、しゅぱっと手を引く猛獣に餌を与える作法だった。
「ふんっ!」
パシっと音がする速度で手に取ったマナミはもう立ち上がっていた。
「帰るわよ!‥‥メーナもう終わりよ!」
マナミが立ち上がったので、慌てて2枚ずつ両手にクッキーを掴み取るメーナは、リスのように頬袋を膨らませていた。
あらあらと終始笑顔だったリーベだけが、最後にごちそうさまでしたとお茶菓子に礼を言って立ち去る。
メーナだけではなくリーベもお茶菓子が主たる任務だったのだ。
パタンとしまったドアの向こうで、マナミの急いでるのどいてという叫び声が響いてきて、またびくっとなるマルクスだった。
「‥‥‥ち‥ちゃんと届くかな?」
それは7000㎞の彼方に居る、妻への手紙以上に心許ない配達だった。




