【第771話:こそこそとします】
帝国艦隊の進路を二つに絞って予想した。
一方は普通に情報から導いた、補給港を目指しているというもの。
もう一つは、ラウメン聖王国の玄関口ともなっている南山脈のルーディア方面だ。
これは軍事的にも、経済的にもラウメン聖王国が最も困る進軍コースとして、アイカとジュノの意見が一致した。
アヴォリア沖から潜行したスパイラルアークは、水中をしずしずと進み大陸の西角を超える。
帝国がもう仮設とは呼べないレベルの補給港を運用している、長辺300㎞弱ほどの島にはあまり植生がない。
標高も無いので、大きな砂州のような島だった。
その西端は水深があり、港に適していたので帝国に徴用されている。
「目障りですね‥‥流星でも落ちたということにして、燃やしてきましょうか?」
アイカはレーダーとマップを重ねて、あの木が邪魔だから切ろうくらいの温度で提案した。
地政学的に仮想敵国を置きたくない座標だった。
この島とラウメン大陸の間には水深200m程度の浅い海峡があり、そこを越えるまでは隠密を心がけた。
「まぁ、本当に邪魔になるのはもう少し先だよね」
にっこりのジュノが答えるが、目は笑っていない。
必要があれば殺る目だった。
困った顔のヴェスタが笑いながらたしなめる。
「帝国の人が意地悪しているわけではないのよ?私たちの敵は別にいるのだわ‥‥」
ヴェスタの言う敵には心当たりがあるし、ヴェスタ以上に2人は警戒していた。
帝国海軍では隠せば弾道飛行していてもスパイラルアークを見つけられない。
隠密行動は、あくまでオリジナルの目を気にしているのだ。
海峡を過ぎて深度が取れた所でジュノが潜水艇で出撃する。
「いってきまーす」
明るいジュノの声には緊張は見られない。
深海をシャチ型潜水艇で進んでいけば、オリジナルでもジュノを見つけるのは難しいと想像できたから。
星々を越える汎銀河連邦の技術でも、膨大な質量を持つ”海”という液体の中を見通すのは難しい。
宇宙空間や気体中とでは密度や揺らぎで、観測情報を通すのが難しい。
「気をつけて‥‥無理しないでね?」
ヴェスタはスパイラルアークをさらに深く沈めながら東を目指す。
ルーディア方面に索敵に行くのだ。
ジュノは予想進路を確認後、追いかけてきて合流する予定だ。
「ヴェスタものんびり進んでいて下さい。こちらはすぐ終わらせて追いかけますよ」
シャチ型潜水艇の後席にはアイカが乗って、式でサポートする。
ヴェスタは一人でスパイラルアークをより深い位置へ潜らせ、効率を落とすが慎重に作業を進めることとした。
索敵したい範囲が広く、こちらが気付いたと、今時点ではまだオリジナル側に悟られたくなかったから。
ヴェスタは深度500m程まで下ろしゆっくりと海上を探っていく。
高性能なスパイラルアークのセンサー類でも、この深度では直上の海面を半径10㎞程度しか探れない。
もっと海面に近づけば範囲を広げられるが、急ぐ必要もないので慎重に進めた。
「ジュノ達はみつけたかなぁ‥‥」
AIどうしなら魔力リンクで通信できるので、海中でも遥か彼方でも意思疎通できるが、今このチームにはアイカしか居ないので無線封鎖中だ。
正確にはジュノはAIなのだが、人間として定義してあるので、人間にできないことをするのは難しい。
式も魔法も今は使えないし、魔力リンクも繋がらない。
ヴェスタがゆっくり索敵して、あちらが追いついてくるまで状況が判らないのだ。
「海面に出て霊子通信を入れれば星の彼方まで届くけど‥‥それではここに居ますとオリジナルに宣言するようなもの」
ヴェスタはぽつりと孤独感をこぼした。
そっと胸に手を当てる。
最近増えたその仕草は、自分のなかにいるはずの姫ヴェスタを感じようとしているのだ。
不安な時にでる癖だった。
「ルクール達や、ユーリアが居てくれたらなぁ‥‥」
ついついそんな事まで考えてしまう。
ルクールとルニーアは今アヤンタ王国にサーラインと共に行っている。
ユーリアはラウミナスで留守番。
マナミ達はミラサネルと湖畔都市エゼリアを行き来して、ミラサネル軍にテコ入れしている。
マーク達とリブ達マナ達まで全て駆り出してそれぞれのタスクをこなしているのだ。
何度も話し合って、それぞれに必要と思う事をしている。
これがベストと思って配置したのもヴェスタだった。
ふるふるっと首を振るヴェスタ。
「ダメ。弱気になってる」
きりっと眉を上げるヴェスタは、改めてソナー画面を睨みつけ、モニターに集中した。
幻術によるコンシールや欺瞞は、一瞬の揺らぎを見逃せば見失うから。
(深海の暗闇が何かを吸い取って、弱くなってしまうのかしら‥‥それとも一人だから?)
そうして集中しても、不安は胸を圧してくるのだった。
ジュノ達はあまり深度は取らない。
このシャチ型潜水艇はゆっくり進めば、そこいらにうじゃうじゃいる海洋生物と見分けが付かないから。
胸鰭のように4枚のばした大きなフィンで海水をかいて進んでいる。
万一音響探知のようなものを帝国やオリジナルが向けても、回りの生き物と区別は付かない。
そういった機体にアイカが仕上げているのだ。
今も珍しがって全長20mを超える巨大なイルカが、回りを泳いで鳴いている。
きゅぅいい!きゅぃ!
「うるさいですね!脅しで2~3匹お肉にしてあげましょうか?」
アイカがいらっとした顔でARの全周モニターを睨んだ。
ざっとみただけでも10匹程度の群れなのだが、こちらより大きいクジラのような白黒パンダの巨体を、イルカの機動性で動かすのでノイズがひどく音紋が探れなかった。
「ひどいよ?!イルカは頭がいいのよ?それに可愛いのに‥‥」
ジュノはうるうるとイルカをかばう。
ふぅとため息のアイカもまゆを下げた。
「まあ、光学的に探せますし。索敵の主力は”蛟”ですからね」
潜水艇の両舷にあるスポイラーには式神蛟が装備されていたが、今は2機とも先行して海上を探っている。
ちょくちょくくるアイトリースの魔力リンク通信が、少しだけアイカの集中を乱すのだった。
それは索敵効率を若干下げるのだが、わずかなものだし、2人もアイカと同じくらいアイトリースを可愛がってくれる。
通信も出来るだけ出てあげてと、ジュノもヴェスタも言う。
それは自分への、アイトリースへの気遣いだと、アイカは嬉しく思うのだった。
この姉たちで良かったなと。




