【閑話:とおい国から】
親愛なるヴィェラへ
こちらは毎日のように天気が良く、暑い日が続きます。
アズラントも今頃は暑くなっているのかなと心配していました。
無理はせず空調をしっかりとして、快適に過ごしてほしいと思います。
そしていつの日か帰宅したときには、華やかな笑顔で迎えてほしいと、祈念します。
さて、私の近況ですが、詳しくは軍紀に付き書けませんが、残念ながら停滞しています。
後方に勤務していて、危ないことはありませんので、心配は無用ですよ。
こちらでは仮住まいのような場所に陣取っています。
頼まれた用事は済ませて、今は返事を待っている状態でした。
毎日遊んでいる訳にも行かないので、こちらでお手伝いなどをしております。
まあ、いつもしているような裏方の仕事です。
こちらの士官は優秀な方ばかりなので、私の出来る仕事はあまり無いようです。
そうして比較的にのんびりと過ごしておりますので、そこもご心配無きよう。
前述のように先方次第の状況となっておりますので、まだ帰宅の目処は立っておりませんが、必ず戻りますので待っていて下さい。
ヴィェラも、どうか体に気を付けて、健やかに過ごしてください。
貴女の夫マルクスより
「くすん‥‥ヴィェラぁ‥‥あいたいよぉ」
マルクス・ヴァレンティン中尉はふるふると震えていた。
検閲を通る前提の手紙では、熱い思いは伝えることが叶わず、柔らかで温かな妻の体温に焦がれながら報告書のような手紙をしたためた。
手紙に書いたほど仕事をさせてもらえるわけでもなく、ホテルでだらだらと過ごす訳にも行かず、ただ無為に事務所の片隅にある応接コーナーを占領しているのだった。
ハーグリーブス将軍に頼まれた仕事としては、一旦出来ることをし終えた状況。
所在の解っている聖騎士隊の事務所宛てに面会を願い出た。
要件としては提案書と封書には書かれていたので、そのまま伝えた。
これはヴァレリー宰相の作為で、皇帝アストレアの文章を誤認させる意図がある。
あくまでヴァルサール帝国が望んでいるのではなく、お前たちに必要な慈悲を与えているのだと演出してある。
アストレアの書いた会見を申し込む文章では、帝国が下手にでているように読めてしまう。
実際にアストレアの文章では、丁寧に”ご足労願います”と結んでいたから。
それを帝都アズラントへ呼びつける文へと仕上げているのだ。
先方からも快諾され最前線ともいえる森の入口にある関所へ向かった。
順調だったのはそこまでだった。
「残念ですがお受け取りできる権限を持ったものは現在こちらにはおりません」
とても有能そうな士官が対応に出てきた。
若いが言葉遣いも所作にも品があり、見れば階級的にも高いのだろう肩章を付けている。
彼らラウメン聖王国の聖騎士隊は軍ではないとうたっているが、内部的な階級は存在するようで部隊長らしいこの男は二重線の肩章。
帝国ならば尉官以上に当たるのだろうと想像できた。
「こちらにいらっしゃらないとは?‥‥お待ちしていればお会いできるのでしょうか?」
あまりに不明瞭な返答に、内心の焦りもあり、つい質問を重ねてしまったマルクス。
はっと気付いて口をつむぐと、苦笑しながらも回答してもらえた。
「遠路お越しいただいたようで心苦しいのですが‥‥上長は現在本国に行っておりまして。いつ戻るとは指示をもらっていないのです」
面目ないと逆に詫びられてしまった。
言葉の端々にあるなまりは、おそらくミラサネルの物だと、南方勤務の長かったマルクスには読み取れた。
ミラサネル共和国を始め南方の各国から移民を受け入れて、非常に多国籍な国家として今のラウメン聖王国はある。
その中でも直近に帝国と矛を交えたミラサネル共和国出身だとすれば、本来なら思うところこそあるだろう。
それでも青年士官の言葉に含みはなく、心からの謝意を伝えてもらった。
お急ぎならば外交のチャンネルもございますよと、ミラサネル共和国やアヤンタ王国の大使館を案内された。
先日の国事の後で帝国以外には大使を派遣しているラウメン聖王国。
大使館自体は女神教の教会に間借りする形で、大使自体も女神教の巫女が務めていると聞いた。
そちらがこういった対応ならば正規の手順とは解っているが、これはハーグリーブス将軍の、ひいては皇帝陛下からの意向なのだ。
必要があっての事と、マルクスはそれ以上の詮索はしなかった。
夕方にホテルに戻ったマルクス。
今日も何一つ進展はないままに愛妻に手紙だけ送った一日だった。
「ああ‥‥‥‥」
ごろんとベッドに転がったマルクスはマクラを抱きしめる。
丁度ヴィェラと同じ程度のボリュームで、さらに恋しくなった。
「ヴィィ‥‥あいたいよぉ‥‥」
本日何度目か分からない熱い想いを口に乗せたマルクス。
(体良くあしらわれている可能性の方が高いし‥‥ハーグリーブス将軍達にとっては、その方が都合がいいんだ‥‥)
帝国からの使者を待たせたという形だけできれば、実質はどうでも良いと考えている可能性もあった。
理由はどうあれ、ここに士官を待たせているだけで外交上の力学が働く。
(一日経過するごとに帝国の発言力が少しずつ高まる‥‥)
理屈としては納得できるが、心身ともに一秒でも早く帰宅したいのがマルクスの本音だった。
「あのカルサリクに駐屯させられた日々とは意味が違うのだぞ!」
少し大き目な声も出してみた。
「新婚なのに‥‥」
力を落としたマルクスの声は、薄暗くなったホテルの壁にただ吸い込まれて消えていった。
「うぅうぅうぅ‥‥」
それ以上の言葉もなく、横抱きにしたマクラにぐりぐり顔を埋める。
何一つ自主的には出来ないのだと理解しながら、悲しく長い夜をまた迎えるのだった。
もう4日も経ったのだと。




