【第769話:容認できないこと】
打って変わって攻め込んでくるケイオ族の戦士長は、間合いをくるくると変えて変幻自在にナロンを責め立てる。
「ふんっ!!」
ビシュッと空間をえぐる突きには、先程までと違い濃厚な殺意がこもる。
ぎゃりん
ナロンも槍の柄で戦士長ガルドのくりだした穂先をいなす。
同時に左に跳ねて仕切り直した。
先ほどから10合以上繰り返してきた攻防。
油断無く残心するナロンは、きりりとガルドを睨みつけた。
(痛みが引いた‥‥感じなく成った?)
最初にみぞおちにもらった突きのダメージが抜けていく。
ナノマシン保護スーツが診断機能により、自動的に痛みをミュートしたのだが、そこまでマナミは説明していないのでナロンには解らない。
ミュートするほどのダメージを受けることを想定していなかったのだ。
するっと起こりの小さな動きで回りだすナロン。
この僅かな間にも戦士長ガルドから技を盗み取っていた。
自分との動きの差を感じ取り、取り入れていく。
それは学ぶものの姿勢。
このところ聖騎士隊隊長ラシードから仕込まれていた姿勢が、ここで活かされた。
すぅっとこれも滑らかに穂先を下ろすナロン。
それは攻撃の準備にして、防御をおろそかにする誘いの動き。
(冷静に‥‥観察するのをやめない‥‥)
自分の動きに反応するガルドの所作を読み取ろうとするナロン。
穂先にピクピクと仕掛けを見せるが、全く相手にされないので、思い切って踏み込んだ。
どぉん!
踏み込むナロンが大気を切り裂き、その後ろに白い輪が細く描かれる。
ナノマシン保護スーツのアシストには、ナロンの方が一日の長がある。
その差は初動の鋭さと成り現れた。
今唯一ナロンが相手に勝っている武器だった。
アシストの載った踏み込みは遂に音速に達し、ソニックブームを撒き散らしナロンを押し出した。
すっとナロンは視界がクリアになるのを感じる。
速度に合わせたナノマシンの視界補正が追いつき、世界が急に鮮明になったのだ。
先程まで速度で歪んでいた世界が像を結び、ガルドの動きを詳細まで捉えることが出来た。
(左後ろ!いなして切り返す気だ!)
これをそのまま返させることで、ナロンは誘いとした。
ぎりぃん!
一瞬だけあったスタートの差は、打ち合った姿勢の差となる。
ナロンが押し込み、ガルドが圧にさらされる。
長年鍛えられたガロンの技術は、それでも技として返しを成功させる。
そこでやっとナロンの踏み込んだ右足が地を撃つ。
どん!
踏み込むのをぎりぎりまで我慢し、ここで穂先を加速した。
(あたれ!!)
腰を狙った一撃はガルドにいなされて外へ向かうが、踏み込みの圧で正中に押し込む。
「なっ?!」
ここで初めてガルドが声をもらす。
戦いが始まってからは呼吸も乱さず、声も出さずに来たのだ。
すべて読み切り想定内だと。
外へ弾いて開いたナロンの体に穂先を滑り込ませたのだが、怯まずそのまま踏み込んできたので驚いたのだ。
ナノマシン保護スーツは圧力の強さに対応するように応力を発し、着用者を守ろうとする。
船外活動中に不意の衝撃でもスーツが対応し、中身を守ろうとするのだ。
その反応は極小のアステロイドやデブリなどの小片で、切り裂かれそうに成っても対応するマイクロ秒の速度。
最初に突きを受けた時にナロンは、保護スーツがそうした動きをすることを理解し、あてにしていた。
ずぶりと脇腹を切り裂きながら血飛沫を上げて体を押し込むナロン。
膝から腰、背を伝った突進の力をここで遂に解放する。
ぎりっ!
歯を食いしばるナロンは、内蔵をかき回される痛みを感じる前に済まそうと、音速の載った突きを放った。
これにガロンも対応して見せる。
完全に意表をつかれた形から、槍を手放し後方へと飛んだのだ。
ズバァアアン!!
爆発したように弾け飛んだガロンは、そこに信じられないものを見る。
自分の差した槍を腹に生やしたままのナロンが、再度突きの姿勢で眼の前に迫っていたから。
「ば、ばかな‥‥」
ずぶりと胸に突き刺さる穂先を見ながら、ガロンはきょとんとした顔をした。
負けることは全く想定していなかったから。
「ぐふぅうぅ‥‥」
ズルリと脇腹に突き立っていた槍を自分で抜くナロン。
カランと乾いた音で霊子振動し、金色の光をにじませた穂先が落ちる。
本来なら出血多量で意識を失う傷だが、ナノマシン保護スーツは一瞬で止血し、組織の回復を開始した。
それは猛烈な痛みを伴い、ナロンの腹を焼いた。
「ぐあぁ‥‥」
地にくずおれたナロンの唇がどろりと血を吐いた。
(アイトリースもあの時この痛みを感じたの?)
燃えるような痛みにさらされながら、うずくまるナロンはかろうじて意識を保っていた。
かつて腕の中にかかえたアイトリースの軽い体を思い出しながら。
ズンッ!
その眼の前に上空から巨大な鎧姿が下りてきた。
「ふん‥‥言うほどでもねえな‥‥技の冴えは有ったが、スーツを使いこなせていない」
黄金の外装を纏った巨体のハルトマン軍曹は、動かなくなった戦士長ガルドを見ていた。
ハルトマンは二桁に及ぶナノマシン強化を乗り越えて、既にこの保護スーツとナノマシンを使いこなしている。
強化パーツたる金色の外装と合わせて、ハルトマン軍曹の力を数倍にも跳ね上げていた。
じろりと今度はナロンを見下ろすハルトマン軍曹。
「やるじゃねえかガキ‥‥アウレリアがお前を所望だ」
がしっと頭を手のひらで包み、片手で持ち上げるハルトマン。
「ぐあぁあ‥‥」
ナロンはもう痛みで意識を保てないでいた。
ズゥン!
その横に細身の黄金騎士の姿が降り立つ。
ちらと見たハルトマンが指示を出す。
「ヴィクトルはあっちを回収だ。機体もだぞ」
ハルトマンが目を向けたのは、式神七式に吊るされたアイトリースの姿。
すでに攻性ナノマシンのせいで意識を途切れさせたのか、袋からはみ出した頭はくったりしていた。
「了解っス」
短く答えたヴィクトルからは血の匂い。
表面の血糊は全てナノマシン保護スーツが吸い取り、汚れはないのだが、まとった血の匂いまでは消せなかった。
先ほどまで船内で楽しんできて、浴びるほど血が流れたのだろう。
連れ込まれた女の末路はおぞましいものだったろうと、ハルトマンには気配で読み取れた。
この部下は変態だからなと、自分の事は棚に上げた。
「おやおやおやぁ?‥‥お前‥‥あの時の娘か?」
ヴィクトルの血走った小さい目がアイトリースを捉える。
黒い巾着袋の中に収まり、くってりと首だけだしたアイトリースがふるふると目を開ける。
まだナノマシンの攻撃に抗い、かろうじて意識を保っていた。
ヴィクトルは手袋の様に指先まで保護していた黒いスーツをしゅるとしまう。
手のひらで感触を味わうために、切ったり触るときは外すのを覚えていた。
すっかりナノマシン保護スーツを制御している。
柔らかなアイトリースのほほをつつつと指先でなで上げ、感触を確かめる。
「やっぱり‥‥お前おかしいな?」
少し眉を下げたヴィクトルは肉の専門家だった。
ワインに対するソムリエと同じといっても良い。
あらゆる女の肉を扱い切り刻み、感触を味わい尽くしているから。
同じ年代の少女を犠牲にしたことも有るが、柔らかな感触は人間とは微妙な違いがあると感じたヴィクトル。
ちりっと殺意を感じ取り、ヴィクトルがあわててバックステップ。
ずどぉぉぉおん!!
「ふぎゃあん」
衝撃波でアイトリースが袋ごとぷらぷらと動いた。
地面を炸裂させクレーターを作ったのは、砲撃の速度で降ってきた影。
炎を纏った人型だった。
「ゆるしませんよ‥‥」
純白の装甲を纏い眉をきりりと上げたアイカがそこに立ち上がり、全身に燃え上がる炎を纏っていた。
押さえきれず漏れ出している炎の魔力を。




