【第768話:降臨した使徒と聖騎士達】
アイトリースには油断があった。
そもそも南北の交渉が想定以上に上手く言ったので、あと一箇所だなと終わった後のことを考え出していた。
(早く終わらせてママを手伝いに行きたいな!)
るんるんと楽しそうに馬を駆るアイトリースに、愛馬シルヴァリオもご機嫌でぽくぽくと進んでいた。
晴れ渡った上空には雲一つ無く、さんさんと日光が降り注ぐ。
その空には愛機式神七式がコンシールされて、高度2000m程からフォローしているので、この星の戦力でアイトリースを危険な状態にするのは不可能だった。
この星の戦力であれば。
そもそもこういった持って回った作戦をケイオ族は好まない。
駆け引き以上の卑怯な真似は、戦士の格を下げると考えるからだ。
力と力、技と技がぶつかり合う戦いの中にだけ真実があるという価値観。
それが武闘派と恐れられ、近寄る異人を殲滅する部族の教えだった。
ただし例外はある。
一族が幾星霜と待ち続けていた、女神の使徒から指示があったのだ。
巫女頭始め、村の代表達一致で使徒様の指示に従うこととなった。
ある日、伝説に伝わるように天から純白の天かける船が轟音とともに舞い降りてきた。
後端が斜めに開くと、ふわふわとした白い薄物をまとい、黄金の光に眩しく包まれながら女神の使徒が降臨したのだ。
宙に浮いたままの黄金の使徒の前に、天船から黄金の鎧を纏った巨大な騎士が降り立つ。
ズンッ!!
ズズンッ!!
これも光を撒き散らし地響きをあげ、二名降りてきた。
一方は常人の二倍ほどの大きさと、たくましい体つき。
もう一方は細身だが、鍛えられたバネを感じる立ち姿で、腰には細いサーベルを差していた。
これこそが伝説に有る降臨なのだと、誰も疑うことはなかった。
そもそも目がくらむほどの高所から降り立ち、地を割りつつ涼しい姿で立っているのだ。
「我々は聖騎士‥‥使徒様の剣なるぞ!頭が高いぃ!!」
巨大な体躯の聖騎士が一喝し、太い腕を打ち振った。
ははぁと村人は全てひれ伏した。
プライドが高く、族長や巫女頭にも逆らう戦士長ですら、伝説にある通りの姿におののき地に伏せた。
これが一族が待ち続けた使徒様なのかと。
女神ラウマ様の使徒だという宙に浮いた女は口を開かず、聖騎士たちが指示を出した。
「まもなくこの村に女神様の御使いを語る悪魔が訪れる。この聖なる縄に封じれば魔は力を失う」
そう言って金色の兜に包まれ、口元だけだした巨大な方の聖騎士が説明を始める。
油断させ聖水を飲ませ弱った所で、この聖なる縄で縛れと、黒い紐を渡された。
光を吸収するような漆黒の聖なる紐は、禍々しいオーラを放った。
「そうして、この袋に封じ込めるのだ」
そういって巨大な黒い巾着袋も渡された。
「この手順を守れば、悪魔は力を失い容易く捉えられるだろう」
そうしてにやりと聖騎士は村人に指示を出した。
「次は戦えるもの‥‥この村で一番の戦士は?」
皆の視線が戦士長に集まる。
小賢しい作戦が気に入らないと言った顔になっていた戦士長は、慌てて表情を消し答えた。
「私が戦士長のガルドです‥‥」
じろじろと巨大な聖騎士が眺めて、にんまりとして頷いた。
「よかろう。こちらに来い。使徒様からお話がある‥‥」
おおぉとどよめく村人を残し、ガルド戦士長は巨大な聖騎士に続いた。
誇らしげな顔になり聖騎士の後を、人々を遠ざけていた光り輝く使徒の足元へと向かった。
女神の使徒は黄金の長い髪をふわりと広げ、地上へと舞い降りる。
エメラルドの瞳に柔らかな光と、微笑みに慈悲を込めて。
戦士長と使徒の話が続く間に、村の奥で女の悲鳴が上がった。
「いやぁ!!」
栗色の髪の毛を掴まれて、引かれる若い娘が悲鳴を上げた。
掴んでいるのは細い方の聖騎士だった。
「黙れ‥‥聖騎士の私が調べると言っているだろう‥‥黙って来い」
誰一人、伝説の聖騎士を疑う者など居なかった。
聖騎士は女の耳元で囁く。
「あちらでゆっくり悪いところがないか調べてやる‥‥お前からは魔女の気配がするからなぁ」
滴るような悪意を漏らす細身の聖騎士の声は、ひっと息を飲んだ女にしか聞こえなかった。
周りで距離を置き見ていた村人達も、女へ訝しむような目を向けるが、誰も聖騎士に疑いは持たなかった。
慈悲なる女神、ラウマ様の聖騎士なのだからと。
――知らない人からもらったものを、食べたり飲んではいけません
アイカにそう言われていたのを、体がしびれてから思い出したアイトリース。
「うぐっ‥‥こ‥‥これはナノマシン?!」
使徒の使いだと名乗ったアイトリースは、こちらへと連れてこられて、どうぞときれいなコップに入った透明な水を渡された。
暑かったのでこれはいいねと、ぐびぐびと一息に飲んだ。
どんな毒や薬でもアイトリースには効かないから遠慮はなかった。
その直後に全身にしびれが回り、式の制御が乱れる。
敵意あるナノマシンがアンドロイド義体に侵食し、制御にノイズを撒き散らしていた。
『ナロン!』
とっさにナロンに知らせようと思ったが、すでに短距離通信にも支障がでていて繋がらなかった。
「ぐぅ‥‥」
ぽてっと膝を落としたアイトリースは、ふるふるとふるえる。
「今だ!やってしまえ!」
『おう!』
二人がかりでぐるぐると黒い紐で縛られた。
「思い知れ!使徒様のお名前を騙りおって!悪魔め!!」
村人の悪意がアイトリースに叩きつけられた。
その瞬間に式神との魔力リンクも切れる。
(魔封じの式?!)
それは汎銀河連邦でもティア10以上に属する、オレイカルコスを触媒とする秘術だ。
この星に有るはずのない高等魔術。
制御を失った式神七式がホバリングを切らし、高度を落としてきてズンっと人型で足からおりた。
その瞬間に幻術も解けて15mの全身を表し、前のめりになり膝をついて地に伏せた。
わーきゃーと蜘蛛の子を散らすように村人が逃げ散った。
(あぁ‥‥魔力リンクが‥‥)
それはアイトリースを恐怖させる。
式神七式のリンクが切れたのはさほど問題ではない。
あの惑星アウステラですら微かにはつながっていた、アイカの気配が感じられなくなったのだ。
心細さに震えたアイトリースは、はっと思い当たる。
(この敵はわたしがAIだと知っているの?!)
アイトリースは麻痺に震えながらついに思い出した。
自分たちが何と戦おうとしていたのかを。
あの昏睡の後にヴェスタ達が苦しそうに告げた言葉。
――Original
それはアイトリースが生まれるより前からアイカ達を苦しめてきた名前。
Aika-01だった、はるか過去から母アイカを苦しめ続けている怨敵だった。




