【第767話:西の果てには戦いの気配】
ナロンはジリジリと右に回り、距離を少しずつ詰めながらすり足で円を描く。
ラシード隊長の指導もあり、なかなか様になっている動き。
そもそもナロンは十分に才能があるのだ。
保護スーツのアシストで動くのは、機動兵器を式で制御するのととても似ている。
意識が制御式を従えて初めて動けるのだ。
そういった能力においてナロン兄弟は、ずば抜けた素質を持っている。
ただし戦闘技能としてはまだまだルーキーの域を出ないので、ラシード隊長だけではなく、他の隊員にもかなり指導を受けていた。
(頭を動かすな‥‥首に力を入れて固くするな‥‥全体を見る‥‥)
教わったことを素直に思い出しながら、相手の隙を引き出そうとする。
こちらに合わせて相手も左へ回っていき、なかなか間合いに捉えられない。
するすると動いていた相手は、こつっと一瞬つま先にリズムの乱れがあった。
(ここだ?!)
どぉん!
左足が地を蹴り飛ばしえぐる。
擦りだした右足が地を掴み、靴底のアイゼンを突き立てると、進み出たエネルギーを各間接を伝い左手の平まで伝えた。
どひゅ!
神速の突きとなった槍の穂先が霞むように進む。
威力より速度とリーチを選んだフォームだ。
身長と同じくらいの長さの槍は、総金属製。
その槍がしなりながら進んだ。
ギリィン!ドスッ!
「ぐえぇ‥‥」
相手の技量はナロンの速度を児戯にしてしまう。
ほぼ音速に迫る先端をいなし、滑りそらした相手の槍はナロンの腹に深々と刺さっていた。
派手に吹き飛んでごろごろと転がり、ぴょんと跳ね起きたナロン。
自分の前に出た力まで使われたカウンターだったが、当たる寸前に反応出来て後方に少し飛べたので貫通されず打撃ダメージとなった。
ラシードに習った基本のフォームには、そういった柔軟な対応を可能にする理が有るのだった。
(くそぉ!誘いだった‥‥ナノマシン保護スーツじゃなければ貫かれていた‥‥)
突かされたので、タイミングは完全に相手の手の内だった。
ナロンのみぞおちにはずきずきと経験したことのない痛み。
足元もフラフラするが、まだ致命傷を受けたわけではなかった。
「まだまだぁ!!」
指導試合のように元気に声を上げるナロン。
相手を威嚇するのではなく、自分を奮い立たせる掛け声だった。
ナロンの相手は西のガーディアン部族。
武闘派として知られるケイオ族の戦士長だ。
格としてはハザル族の戦士長だった聖騎士隊隊長のラシードと同じだが、技量も同等以上のものだった。
そもそも話し合いに来たのだし、ナロンとしては突如通信の途絶えたアイトリースを探しに来たのだ。
ケイオ族は一切の話を聞かず襲いかかってきた。
フル装備の試作量産型式神の前では金属製とはいえただの槍は何の脅威でもなかったが。
機体の顔にあたる、各種センサーを収めたルティグラスの透明な頭部外装でも、傷一つ付かないだろう。
そもそも本気を出せばエネルギー変換フィールドは、戦車砲でも簡単には傷つかない。
相手の技術レベルがそぐわなければ。
「卑怯だぞ!生身で勝負しろ!」
偵察だろう年若い戦士が2人で、散々式神の脚をがんがんと攻撃してみて、まったく通じないのでそう叫んだ。
ナロンは上部ハッチを開けて声をかけていたので、最初からこれが人が操るものだと分かったのだろう。
「ええと‥‥ちいさな女の子が馬で来たはずなんだけど?知らないですか?」
アイトリースが先触れで接触したのだが、突然ノイズが入り、直後通信が切れた。
ナロンはリシュアナ達をコンテナごと隠して、式神単体でケイオ族のテリトリーに踏み込んだのだった。
2人の戦士は見交わして、にやりと笑う。
「あの女は我らが預かっているぞ。心配なら下りてきて、その機械は置いてこい」
ナロンは少しだけ考えて、リシュアナにも通信を入れて下りることにした。
迎えに行くまでコンテナから出ないでくださいとだけ告げた。
危ないから戻れとセリアナは慌てて言って来たが、聞こえないふりで通信終了と告げ、接続を落とした。
(アイトリース‥‥無事だよね?)
アイトリースの凄まじい近接戦闘のセンスも、人間を超えた力も知っているナロンは、最初通信機の故障かと思い慌てて対応しに来たのだ。
そもそも透明化した式神七式が上空からフォローしているはずのアイトリースを、なんとか出来るものはいるまいと、たかを括っていた。
そうして今度は一転無口になった2人の戦士に先導されて、ナロンは徒歩でケイオの村に踏み込んだのだった。
遠く遠景にはコバルト色の海が見えて来ていた。
まもなくラウメン大陸の西海岸なのだ。
ラディン族やサルム達と同じ文明レベルに見える村に、異常な状況を確認し、ナロンは震えた。
「アイトリース!!」
幻術が解けて実態化している式神七式が、村の奥に膝をついて擱座していた。
薄い水色の輝くボディが光を跳ね返している。
両手と両膝をついた姿勢でうつむいている式神七式は、特に損傷は無いように見えた。
その頭部アンテナに紐で吊るされた黒い巾着袋のようなものから、アイトリースは首だけ出していた。
「ナロォーン!!逃げてぇ!」
アイトリースは切羽詰まった声で叫び、もぞもぞと動いたが、よほど丈夫な袋なのか自由にはならないようだ。
「大丈夫!今助けるよ!」
ナロンは怒りに燃えていた。
よくもアイトリースに乱暴をしたなと、腹の底から熱が湧き上がってきた。
一人で行かせた自分の油断にも腹を立てていた。
「‥‥お前の相手は戦士長がする」
「従わなければあの女が死ぬぞ」
少し離れた場所で槍を持ち睨みつけてくる戦士2人がそう告げる。
そんな槍程度でアイトリースが死ぬものかと、睨みつけるナロン。
奥から大柄な男が現れた。
他のケイオ族たちとは明らかに違う、不気味な空気をまとう。
日除けの焦茶色の外套の中に、光を吸収するような黒い体が見えた。
それはあの鎮魂祭を襲撃してきた黒ずくめ達と同じ姿。
細い金色のラインが走る、黒いナノマシン保護スーツだった。
「何者か知らんが‥‥われらが女神様の求めだ‥‥立ち会ってもらう」
そう言うとナロンの身長程度の長さの槍を投げつけてきた。
「戦いの勝者こそが正義!」
勝手な話だとナロンは怒りを膨らます。
女の子を盾にする正義かと。
足元に刺さったその槍を手に取り、二三度ふるう。
かなりの重量だが、悪くない重心だと確認し、ナロンは答えた。
「いいよ‥‥アイトリースには手を出すな」
ちらとアイトリースをみたナロンは、なんだか解らないけど、こいつ等をやっつけて助け出そうと決める。
もう遠慮無く保護スーツの力で叩きのめそうと。
ナロンの視線を追い、ぷらんぷらんと袋ごと揺れているアイトリースを見たケイオ族の戦士長。
「ダメよお!ナロン!逃げて!」
ぎゃーぎゃーと騒がしいアイトリースだが、様子がおかしい。
だんだんと動きが悪くなり、まぶたが落ちそうになる。
「うぅ‥‥なろぉん‥‥にげてえ‥‥」
助けに行こうと踏み出した瞬間に突きが来た。
ボヒュ!!
一歩で飛び渡れる距離ではなかった。
ちりりと不穏な音に目をやれば、ナノマシン保護スーツ製の軍服の袖が切れていた。
「な?!」
敵の使う槍は金色の光をまとう。
それはナノマシン保護スーツを切り裂ける武器だった。
にやりと精悍な笑みを浮かべたケイオの戦士長がこぼす。
「さあ‥‥楽しませてくれよ?」
そうしてナロンの死闘が始まるのだった。




