【第766話:後始末と準備を】
サルム族の生活はとても貧しかった。
北のラディンや東のハザル達の住んでいる土地にはあった、実をつける植物が少ないのだ。
その実に育まれる小動物も少ないので、南部は砂漠化が進み生態系が衰退を遂げていた。
まだ作りかけだけどと、聖アヴォリアのほとりに作った街に強制的に連れてきた。
アイトリースの式神七式も使い、移動用のコンテナを持ち込みナロンと2人でピストン輸送した。
緊急搬送だと、アイトリースは慌てていた。
なんだか元気がなく、ふらふらとして歩くサルム族の皆を心配して、アイトリースはアイカを呼び出していた。
(ままぁ‥‥この人たち死んじゃいそうだよ?)
短い動画や体温などの赤外線画像データを付けて、症状を報告したアイトリース。
(いい子ねアイちゃん。心配しないで。これはビタミンの不足から来る欠乏症だわ‥‥特効薬が有るの)
アイカはもらったデータと生活状況の報告から、そう診断した。
少なくとも栄養素に偏りがあると。
(じゃあ、アレをあげたらいいね!)
アイトリースはにっこりと嬉しそうに答える。
かつては人間と自分たちの間に線を引いていたアイ達だが、名をもらい人間として認識され生活するうちに、いつの間にかその区別はなくなっていた。
自然と人間達を心配し、その幸せを喜べるアイトリースだった。
(そうそう。そろそろ新しい実がなっている頃だわ‥‥ごめんね。また忙しくなりそう、後でね)
アイカは後半少し慌ただしい雰囲気に成り、魔力リンクの通信を切った。
(ママ‥‥早く帰ってきてね‥‥)
これじゃアイチェトリと同じだなと、ぶんぶんと首をふるアイトリース。
もう4日もアイカと会っていなかったので、淋しさが募っているのだ。
いつもなら先に弱音をはくアイチェトリやアイディビィが居ないので、紛らわせないのだった。
「これをどうぞ!」
にっこりと笑顔になったアイトリースが、歳経たサルムの巫女達にオレンジを切り分けて振る舞った。
聖王都ラウミナスから持ち込んだ祝福されたオレンジの枝は、4本ともしっかり根づき葉を茂らせる木と成っていた。
神殿の周りに植樹したものが、この一週間程度ですでに実をいくつも付けていたので、それをもいで振る舞ったのだ。
聖騎士隊の宿舎になる予定の建物を、一旦サルム族達に明け渡した。
お風呂にも入ってもらい、二人部屋だが全員にベッドも準備する。
今は一階の食堂に皆であつまっている。
ふむふむと銀のフォークや、白磁の皿にも戸惑いながら、おそるおそる口に運ぶ。
まわりには部族の若者たちや戦士達も見守っていた。
「こ‥‥これは‥‥」
もぐもぐごくんとしてから、ふるふるとふるえる老巫女。
ごくと周りの若者たちも目をみはる。
「美味い!!」
わーっと周りも声を上げ、えへっとアイトリースが笑顔になる。
「いっぱいあるから、みんな食べてね!」
アイカの診断でサルム族は、壊血病の一歩手前だったという。
北のラディン族の居住地には時々見られたナツメヤシや、赤い実を付ける藪などがこの南側には全く見られなかった。
それは貴重なビタミンの摂取機会を失い、容易にビタミン欠乏に陥るのだとアイカは指摘した。
女神に祝福された奇跡の木になる実なので、ビタミン以上の何かも補給してくれたようだ。
晩ごはんにはサルム族のみなは元気になり、アイトリースとリシュアナにまた涙を流しお礼を言うのだった。
「うん!よかった」
にこにことアイトリースも嬉しそうな笑顔になる。
聖騎士様とあがめられるより、”アイちゃん”と呼ばれたいなとこっそり思いながら。
ふるふると首をふって、きりっとした笑顔に戻す。
(シナリオ3なんだから!)
かつてヴェスタにも強いた演技ではないかと、考え直すのだった。
ナロンは駐機場で機体の整備をしていた。
ジュノから念のためと言われて、一級装備を準備させられている。
試作量産型式神もHPSで装備の属性を変えられるので、シフト収納は無いが装備を入れ替えることは出来た。
今回の仕事に当たり、マナミは何種類かの装備をコンテナに詰めて持たせてくれた。
その一つを開封し組み立てている。
こういった作業にもナノマシン保護スーツは活用できて、重機やクレーンがないと本来は出来ないような
作業を人力でこなす。
前腕両肩に付けられていたエアロダイナミック用のスポイラーを外し、ウェポンベイの内蔵された大きめのバインダーと入れ替える。
プラズマランスだけだった主兵装も、120mmレールガン内蔵のシールドに置き換わる。
「結構大きいんだな。シールド‥‥左右同じ形でバランスは良さそうだけど‥‥」
ナロンもこの装備は初めて見る。
シールドはピンポイントバリアとパイルバンカーも内蔵した物だ。
これは惑星アウステラの青い森などで運用していた、シールドアタックの出来る形態だった。
この装備が現状で最も火力が出る、第一種装備となるのだった。
「よし‥‥これで全部だな」
小一時間かけて換装し終えたナロンが額の汗を拭った。
ふと気になってアイトリースの式神七式をみやる。
同じ多脚戦車形態で伏しているが、武装が全く無い。
日中見せていたプラズマランスも何処かに行ってしまって、装備していない。
「‥‥どこにしまったんだろう?」
式神七式はシフト収納技術を使ったHPSなので、装備無しの状態も選択できた。
何度か模擬戦もしてもらったが、撃たれた事が無かったと思い至る。
(戦闘にならないんだよな‥‥レベルが違いすぎて‥‥)
その超絶技巧の機動だけでも、最近天狗になっていたナロンのプライドをへし折る。
いつも射撃をかいくぐってぺちっと叩かれて終わるのだ。
『なかなかよかったよ!』と、アイトリースは評してくれるが、ナロンとしてはとても不満だった。
アイトリースはもともと近接戦闘のスペシャリストなので、そこで戦って勝てるはずがないのだが、ナロンには分からない。
ただ実力が足りないのだと、思い知るだけだった。
(強くなりたいな‥‥)
そうして、少年の胸にしらず炎を灯すアイトリースだった。




