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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第3部 第11章
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【第665話:外側から観測された事】

「リーベまま‥‥何かおかしい‥‥」

リーベが食後の片付けをしていると、エプロンをつんとメーナが引いて言った。

いつもと違う声色に、おやと思い水を止める。

手拭きで手を拭きながら、リーベはしゃがんでメーナと目線を合わせた。

「どうしたの?おなかいたい?」

なにかお昼に食べさせたものが悪かったのかなと、心配するリーベは、このメーナが式で人間ではないともう思いつきもしない。

メーナはふるふると首をふるが、視線は斜め上に向けたままだ。

そちらをチラと見ても何もないので、いよいよこれは非常事態だと、切り替えるリーベ。

リンクしたままの月軌道や、この拠点の屋外にある式を呼び出すリーベ。

「な?!」

地上に変化はなく、月から異常が観測された。

そこにはアルドゥナに突き立つ金色の線が細く輝き、すぐに薄れて消えていった。

メーナも怯えたりはしないで、じっと北側を睨むように見ている。

「‥‥声が聞こえた」

メーナがリーベのエプロンをもう一度引きながら、視線は北に固定して言う。

「”たのみますよ”と言ってたよ」

リーベにはもちろん何の音も届いていないが、月軌道から一瞬観測した光を精査して気づく。

「これ‥‥ラウメン大陸の中央部に‥‥あの遺跡のあった場所だわ」

かつてオレイカルコスを入手した遺跡での冒険は、リーベの中にも色濃く記憶されている。

意識を失うほどのショックを受けたのだから。

 光が指し示した先がわかり、仮に直進していると仮定すれば発信源か発信先が解るはずと、頭の中でレムリア星系の星図と重ねてみる。

偶然だったのだが、その線上に近い位置を取る特異点は、一つもなかった。

惑星も衛星もラグランジュ点すらその線上にはなく、もちろん主星レムリアも反対方向だ。

「せ‥‥星系外から‥‥」

それはもうリーベ達、汎銀河連邦の常識では有り得ないことだった。

どんなに強い光を作ろうとも、星系を越えて届くことなど有り得ないのだと。

光の線はとっくに消えて、ラウメン大陸にも変化はない。

「こ‥‥光速を越えている?!」

30万㎞以上彼方の月軌道から観測できた、あの膨大な光はどこへ行ったというのだろうと、リーベは考え込んでしまう。

メーナが裾を引いて、声をかけても上の空になるほど、リーベは思考に沈むのだった。




 リシュアナ・ホークは久しぶりに夫と外食に来ていた。

最近は月に一度か二度はある事で、大抵は友人のオーナーシェフが経営するレストランに行く。

店が流行る前からの付き合いで、先代とシャラハは懇意だった。

「軍を無事に辞めていただいたのは、私にとってはとても喜ばしい事なのですよ‥‥あなたを失わずに終われたのだと」

そっとシャラハの左腕に手を添えて歩くリシュアナは、時々そんなことをシャラハに告げる。

大抵は難しい顔をして、なにかシャラハが思い悩んでいるときだ。

どうしたのとは聞かないが、側にいる事に感謝しているのだと伝えてくれる。

「ありがとう‥‥随分苦労をかけた」

まるで定型文のようだが、シャラハは本心からリシュアナをいたわる。

本来は姫君として有ったはずのリシュアナの人生を、こうして消費させて申し訳ないなと思っているのだ。

若い頃は、叶うなら帝国でのし上がって、国を取り戻せればと思っていた頃も有ったくらいだ。

「苦労など何も有りませんよ」

にっこりと笑い、リシュアナは告げる。

ふと立ち止まるリシュアナに引かれ、シャラハは鍛え上げた武人らしくピタリと止まり、小さな婦人を引っ張ったりしない。

10代の頃から60年も現役の軍人だったのだ。

意識せずとも体幹を保ち、いつでも即応出来る体勢を取っていたのだ。

南西向きに首を少し曲げ、固まったように止まっているリシュアナは、驚いた顔でふるふると震えている。

「どうした?!何処か苦しいのか?」

シャラハはリシュアナの身体を心配して、肩を抱く。

「‥‥い、いいえ?!違います!」

リシュアナの瞳は見開かれ、一点を見据えた。

こんなに慌てた声は久しぶりに聞いたと驚くシャラハ。

シャラハも最初に婦人の視線を追ったが、何もないと確認済みだ。

これは自分よりも優れた能力で何かを捉えたのだと、シャラハは一瞬で理解し周囲に目を配る。

物理的なことではないのだなと。

腕の中のリシュアナを気にしながら、360度にも意識を向けた。

今日は護衛の家人もなく、二人きりだったから。

「あなた‥‥一大事です‥‥」

リシュアナがやっと顔を動かし、シャラハを見た。

その表情にはほんのりと笑みがまじる。

シャラハは内心ホッとしながらも、こういった超現実的な刺激も久しぶりだなと感じる。

(40年ぶりだな)

にやりと笑むのは、良かれ悪かれ本当に一大事なのだと、聞く前から確信しているから。

リシュアナは、いたずらや思いつきでそんな事を言う妻ではなかった。




 この日の正午過ぎに起きたこの異変を捉えたのは、メーナやリシュアナだけではなかった。

遠くはサフ・アル共和国の商店街に店を出している、女主人も動きを止めた。

「オーナーどうしたんですか?」

お客さんもこないし、今日は棚卸しをするよと一人だけの従業員の娘と二人、倉庫から店に商品を出している最中だった。

この北国ではよくある何でも扱っている雑貨屋だ。

突然商品を手に持ったまま動きを止めた女主人は、南西の方向をじっと見つめている。

「うん‥‥気の所為ではない‥‥」

もう随分と神事から離れて時が経つが、この店の女主人はかつてアズラントで巫女見習いをしていた。

「かすかに女神さまの気配があった‥‥ラウマ様ではない、別のお方?」

その昔リシュアナに才能を見出され、師事を受けていた。

帝国に占領された後に取った、リシュアナの弟子の一人だった。

信仰を失わぬようにと、リシュアナは後継者を育て、世界中に住まわせていた。

それぞれの故郷に弟子を帰すことで。

今は答えることのなくなった、女神様のお言葉を探させて。

「こうしてはいられない‥‥一大事だわ‥‥姉さん達に連絡を取らなければ‥‥」

オーナーが言う姉は、姉弟子の事なのだが、店員には伝わらない。

姉妹なんて居たんだと、勘違いをする。

ふらふらと出ていこうとする女主人を、慌てて追いかけて止める店員の娘。

「ちょっ、オーナー?!どうしたんですか?!」

身体の大きな自分を引きずるように、出かけようとする主人を、女店員は必死に止めるのだった。

この細い身体のどこにこんな力が在るのかと、目を見開き驚きながら。


 サフ・アルから大陸を挟んだ反対側は、大山脈の彼方に広大な帝国が広がる。

ヴァルサール帝国の王都にほど近い、巨大な海沿いの工場。

ここは研究所と銘打って、エリオン・マルヴェンが所長を務める、兵器工場。

最近では皇帝座乗艦のミスティアリアを、この工場から進水させた。

 その工場内にある、塔のような研究所にエリオン本人がいた。

研究に没頭すると、一切の面会に応じず鍵を掛けてあり、所員すら誰も入らない。

そうして閉じこもって、デスクに向かっていたのだが、がたりと椅子を蹴って立ち上がった。

「‥‥来たか」

じっと南東の方角を睨むと、美しい額に縦皺をうっすら刻むのだった。

一瞬だけだったが、エリオンはかつて王の近くに侍り、よく知っていた。

「幽子の揺らめき‥‥連合が動いたのか?」


 エリオンには仕えている王が居た。

もちろんこの星の()()()()な国の皇帝などではない。

今は言葉を交わすことも出来ないが、かつては近くにあって声をかけてもらった。


――この感覚を忘れてはいけない

そういって、王自らが操り、手のひらに揺らぎを集め、見せてくれたもの。

汎銀河連邦の技術を、幾つも越えた先にある力だ。


――これは我々にとっては早すぎる技術だが、この力なくば前に進めないのも確かなのだ

いつも寡黙な王自ら、皆にそう語りかけ、エリオンもまたひざまずいて聞き入ったのだ。

その”幽子”と呼ばれる、人類には早すぎる技術を扱う敵がいるのだと。


(目立たぬようにと、心がけていたのですが‥‥)

エリオンもまたヴェスタ達と同じように、何者かに見つかるのを恐れていた。

かつて一度警告を受けていたのだからと。



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