【第664話:これも抗うということ】
仮設された長屋のような建物から、幼さを残した少年がするりと出てくる。
兄と二人きりで逃げてきた、弟のカイルだ。
この建物にはカイルに残された唯一の肉親たる兄ナロンも寝ている。
皆を起こさないように、年齢らしからぬ気遣いをしているのだ。
他にも8家族20人もの人が、細長い建物の中を、簡単なカーテンで仕切って住んでいる。
面積的に、一人あたりに割り振られるのは50cm程度の幅だ。
長さ2mのそのスペースを人数ごとに割り振り、家族ごとにカーテンで仕切ってある。
兄弟に与えられるスペースは幅1m長さ2mの空間だ。
幸い荷物や家具などかさばるものは無いので、手狭だが手足を伸ばして寝ることは叶った。
音は全て聞こえてしまうので、ひそひそと話すのですら憚られる。
「今日は天気がいい‥‥」
ぽつりと落としたカイルは、言葉ほど気持ちが上向かなかった。
それでもこの難民達の集まったキャンプでは恵まれた環境なのだ。
未だテントのように布で囲い屋外に寝ている人も沢山いるのだから。
足音も殺して静かに入口の引き戸を開け閉めし、カイルは外に出たのだった。
皆のために湖水を汲んできて、朝の支度をしようとしている。
長屋で一番年少なのはカイルで、それはもっとも仕事が出来ないともいえた。
今この難民キャンプでは仕事がいくらでもあった。
食事の調理から配膳。
仮設住宅の設置。
建材と建設スペース確保のための伐採など、一部の熟練者が指導しつつ各部門が有機的に動いていた。
最も手の必要な部分に手伝いが配置されていく。
8才になったばかりのカイルは、身体が小さく力も弱い。
出来る仕事は限られており、選ぶことは出来ない。
大きな桶を抱え、湖までの僅かな距離で、誰にも出会うことはなかった。
細かな雑用に使われるのが嫌なわけではなかった。
朝から浮かない表情は、ただ何も出来ない自分を自覚させられるのが辛いのだった。
兄ナロンは木こりの男たちについて行き、これも雑用をしながら物を運んだりと働いている。
年齢割に体も大きく力もあるナロンは、大人たちに可愛がられている。
(にいちゃんは力持ちだからな‥‥)
それは子供にしてはと頭につく評価なのだが、実際にカイル達は子供なので、兄に比べて自分が役に立たないと感じてしまう。
昨日から支援の人が走り回っているのも見かけた。
(こんな時なのに、他人に手を差し伸べられるのは、きっと恵まれているからなんだ)
戦火に追われすべてを無くしたカイルは、僅かの間に卑屈な考え方をするように成った。
両親がそうはならないようにと、丁寧に教えを伝えていたのに。
リーベとメーナが、大量のマグロや蟹などの海産物を仕入れてくれた。
マナミはこれをナノマシンストレージを使い加工し、日持ちがして滋養強壮に優れ、抗生物質も混入した魔法の様な食べ物にする。
見た目はただのつみれなのだが、味もよく栄養価はブーストされていた。
こういったあつまりで最も恐ろしい、集団感染を防ぐため、この食事は仮設住宅よりも優先した。
「レシピはそういった感じでお願いします。アレンジはおまかせしますが、十分に火を通す所は守って下さい」
変装し銀髪になり、トパーズのように黄色にきらめく瞳に成ったマナミは、住民から募った調理部隊に指示を出している。
「わかりました。マモーナさん‥‥申し訳ないのですが、お塩もこちらは足りなくなったのです‥‥」
6人集まった調理リーダーの一人が済まなそうに手を上げた。
うちもだねともう二人手を上げ、申し出た。
塩もリーベ達がストレージに積んだ海水からかなりの量を確保していて、これも助かったことの一つだ。
「後で私のところに。いっぱいは分けれないけど、まだ少しあるわ」
このキャンプの他に、マナミが管理している炊き出しが後2個所あるのだ。
たくさんあると思って気前よく分ければ、あっという間に底をつくだろう。
一度まともな食事を口にすると、レベルを下げるのは辛いものだと、経験上もマナミは知っている。
塩は出し惜しみして、薄味に慣れてもらわなければならなかった。
「野草なんかで香りを足して誤魔化してほしいの‥‥苦労をかけるわ」
そう言ってマナミは出来ることをする。
そのようにリステルから指示を受けていたから。
湖面をわたる船がいる。
これもナノマシン生成で造った船で、小型の漁船程度の大きさ。
実はマナミが偽装しているが、魚雷発射管まで備えた立派な戦闘艦だ。
小型コルベットと呼ばれるクラスの汽船で、燃料は天然ガスや精油を使用できた。
今は燃料も無いので、小型核融合炉から電力を取りモーターで駆動している。
「これくらいあれば一旦いいかな‥‥」
リステルは小型船で大型の艀を4艘も曳行してきた。
本来ならスパイラルアークⅡを直接持ってきた方が速いのだが、そこまで踏み切れないので偽装するため船を造った。
艀にはアークとアークⅡ、2隻の外縁開拓船がナノマシンポッドをフル回転して、一晩で作成した衣類が山のように積み込まれている。
住宅も食事もまだまだ足りないのだが、衛生上も衣類の換えが無いと好ましくない。
せっかく建物を造ってもこれ以上病人が増えては、追いつかないのだ。
ほとんど荷物を持っていない難民達に、せめて着替えを準備したくて夜なべしてきたのだ。
この船だけではちょっと力が足りないので、水面下にシャチ型潜水艇がいて、コルベットをさらに曳行している。
夜なべに付き合ってくれたリーベが、操船も頑張ってくれていた。
メーナも一緒だが、朝ごはんの後にまた目をこすっていたので、いまごろ寝ているかなとリステルは想像し、くすっとわらう。
とてもしんどい環境と事態なのだが、メーナの素直な言葉を聞くと元気になれた。
(リステルは悲しい時は泣くといいよ)
昨日もそう言って、胸が苦しい時に頭を撫でてくれた。
カルサリクから逃れられた住人は3割程度だと予想されたのだ。
この森に逃げ込んだ人間も、もう半数に成ったのだと調べていた。
それらが解るに連れ、リステルは厳しい顔で、苦しい判断を迫られた。
思った以上に逃げられなかったのに、想像以上に難民は多かった。
そうして苦しい胸を、そっとメーナは癒してくれた。
「メーナのお陰だ」
にっこりと笑えるリステルは、このチームの立役者は実はメーナなのだなと、考えていたのだった。




