【閑話:不思議な来客】
見張りに来客ですと呼ばれてきて、最初にシスティアを見つけると、駆け寄って母娘は抱きしめ合う。
二人は尽きることはないとも思えるほど涙を流した。
小さいとはいえ、数千人の住まう砂漠のオアシスだ。
それなりに人通りもあるが、気にならない様子。
この乾いた砂漠では涙すら貴重なもの。
簡単に泣いてはいけないと、幼少より叩き込まれるのだった。
それでも行方すら聞けなかった我が子の帰りに、婦人は涙を溢れさせた。
「おかえり‥‥システィ‥あぁ‥よかった」
何も聞かずしがみつくように抱きしめ、それだけを繰り返す母に、システィアも涙をこぼした。
「心配かけてごめんなさい‥‥おかあさま」
そういって抱き返す腕の中には、思いがけず小さな体。
こんなにも母は小さかったのだなと、改めて自分のわがままを認識するのだった。
何も言わず送り出してくれた、若かりし日の母を思い出しながら。
「ママがないちゃったよ?」
少し離れ手を繋いだまま、心配そうに振り仰ぐミスティア。
母の涙をほとんど初めてみたのだ。
その娘の頭を、男爵はにっこりと微笑んでなでなでとする。
「大丈夫、とても喜んでいるのだよ」
男爵の目ももらい泣きで赤くなってしまったが、娘を心配させまいと笑顔を作ってみせた。
ふーんとあまり理解できなかったミスティアだが、震える母の背がいつもより頼りなく見えて不安になるのだった。
ミスティアの中では母は戦える強い人間だったから。
町の奥まった土地に建つ母屋の中はきれいに整えられているが、テントで暮らしていた頃の伝統にのっとり、敷き詰めた敷物にクッションを並べ直接座る砂漠の民達。
夫婦で並んで座っていたが、くわっと普段細めている目を見開き、青筋を浮かべる男は立ち上がった。
その身長は男爵より頭一つ大きく、鍛え上げられた腕は老いてなおシスティアのももほどもある。
肩をいからせ、この眼の前に座っている男を、殴り飛ばさずに置かないといった空気だ。
「あなた‥‥」
静かだか通る声が流れ、ビクっと踏み出そうとした足が止まる。
おそるおそると言った風情で振り返った男は、にっこりと笑っている、いまだ美しい妻の顔に冷や汗を流す。
これは怒っている顔だぞと。
「お茶が冷めてしまいますよ」
そう笑顔で告げる、齢を重ねなを美しさを留める妻に、しゅんとなり席に戻った男はこの近隣を収める王だった。
男爵はシスティアの指導どおりに笑顔を崩さず、冷や汗をだらだらと流していた。
想像していたより一回り大きなシスティアの父を見て、これは入れ歯を作ることになりそうだと、覚悟したのだった。
お茶を勧めるだけで場を修めた婦人は、にっこりと男爵にも笑みをくれる。
「娘を大切にしてくれているのですね。有難うございます」
そういって深々と頭を下げた。
「とんでもない!頭をお上げ下さい、お義母様」
そう言って、腰を浮かせ頭をさげようとする男爵を、システィアがつまんで止め、首を振る。
砂漠の民は見かけ上は、公の場で男が家を代表する。
古代から連綿とつづくそれは、実質が入れ替わろうとも形式を整える。
この部屋は客人をもてなす、公式な場として整えられていた。
その場で簡単に男が頭を下げることは、好ましくないのだと聞いたのを思い出した。
本来は夫が話すまで声を出すことも控えなければいけない場だが、母は整えた中でも母娘の情を優先してくれたのだ。
夫たる王がむすっとして言葉を発っさなかったから。
ぐっと堪えた男爵は、言葉にして気持ちをおさめる。
「ご挨拶が遅れたことを深くお詫びし、手荷物にて誠意をお届けに参りました」
手荷物うんぬんは、システィアに仕込まれていた砂漠の民が使う、訪問者側の決まり文句だ。
荷物のほうが人間より価値があると示し、それを納める事で和を成そうとしているのだ。
ちらと見上げた婦人の笑顔の圧に負けて、義父も言葉を返した。
「結構な土産だ。ありがとう」
たとえ殺し合っている敵同士でも、貢物があったならば礼を言うのも砂漠の礼儀だ。
とても嫌そうに顔をしかめていたが、ぶっきらぼうな言葉は感謝の意を返してくれた。
ふぅとこっそり息を漏らすシスティア。
これで第一段階は越えたぞと、肩の荷をおろしたのだ。
そうして感謝を交わしたのならば、場が収まるまでは争わないのも掟なのだ。
システィアが長い髪をつやつやと伸ばしていることに、同じように長い髪の婦人は褒めてくれた。
髪を長いまま綺麗に保つには、砂漠でもっとも価値の高い水を消費するから。
貴人にだけ許される贅沢なのだ。
「システィも感謝しなければいけませんよ」
そういって、本気で娘をたしなめた。
「はい、おかあさま‥‥この子が娘のミスティアです。おばあさまですよご挨拶を」
しゅんとしつつも、そういって早速切り札から切るシスティア。
「はじめましておじいさま、おばあさま。ミスティアです」
ぺこりと挨拶してシスティアの背に隠れるミスティアの可愛らしさは、今回準備している札の中で最強とシスティアは自負している。
しかめていた父の顔すらふにゃりと和ませる破壊力があった。
もちろん砂漠では子を大切にする。
生命をつないでくれる、人にとって最も大事なものだから。
こうして血を残しましたよと、堂々と胸を張るシスティアだった。
その可愛らしさに和んだ後に、男爵にむけた父の目は、流石にすこし緩んでしまうのだった。
「なにか挨拶以外にも伝えたいことがあるようだな」
これは手荷物の土産が3人の来客を倍する量なので、頼み事に来たのだと事前に解っていた父の了承の言葉だ。
”言葉を交わすのも嫌だ”から、”聞くだけは聞いてやる”にステータスが変わったのだった。
それくらいの貢物をシスティアは準備させたのだ。
システィアと見交わした男爵が、ごくりとつばを飲んでからゆっくりと告げた。
「私達の町と取引をしてほしいのです。本日お持ちしたサンガマラ王国のものに加え、私の故郷ヴァルサール帝国産の品物を準備できます」
ぐっと父は唸る。
乗り付けた新型の車も、街で人目を集めてしまうくらい、帝国とここでは文明差があるのだ。
その技術に支えられたものは、砂漠では黄金を上回る価値がある。
サンガマラ王国からもラマディン首長国の首都からも距離のあるこの北方では、どうしても時代の波に乗り遅れがちだ。
その中で身内の他家にも先んじて文明の利器を手に入れれば、王の威信も保てるのだとわかるが、この男は嫌いだと顔に書いてあった。
「あなた?」
婦人がすばらしいタイミングでアシスト。
現実に戻ってきたしかめっ面の父は、王の顔に戻しほんのり笑みを浮かべた。
「‥‥よかろう。何を望むのだ?」
それは取引の進行を示す言葉。
システィアと男爵は視線を合わせ、ぱぁっと笑顔になる。
これで最大の難関は越えたのだと。




