【第661話:建国式】
天まで立ち上った黄金の光が収束し細くなる。
いままで祭壇あたりを中心に直径100m以上有ったものが、すうと細くなり収束していく。
この不思議な会合が間もなく終わるのだと、誰しもが解った。
「女神様!御名を!」
いまだごうごうと吹き下ろす神威の圧に抗い、ヴェスタが顔をきりりと上げる。
これだけは聞かねばと一つだけ心に秘めていた事だ。
かつてラウメン遺跡の神域で支援を受けた時は、あまりの出来事に聞き忘れてしまった。
”ラウマの同僚”とだけ名乗った女神に、感謝を祈ろうと思っても、お名前も知らないのだと後悔していたのだ。
もちろんもっと多くの聞かねばならぬ事、導いてもらいたいことも有ったが、何か一つだけと思ったら出た問いだった。
『‥‥わたくしはノア。ラウマの姉妹として在る者です‥‥わたくしへの祈りは不要ですよ』
くすりと笑む気配を添えて、そっと言葉が下された。
それは香しい若葉の様な優しさを伴い、ヴェスタの全身をふわりと包み込む熱として感じられる言葉だった。
暗闇で冷え切った身体に、日光が温かさを与えてくれるかのように癒しを感じ、ヴェスタは震えながら目を閉じた。
自然に感謝から両手を合わせ胸の前に捧げ目を閉じ、喜びに美しい笑みを浮かべる。
音としての情報は一部でしかない。
その慈愛とヴェスタへの労りは何十倍もの情報密度を持っていた。
これまでの幼少から続いた辛い日々も、全て許された気持ちになれた。
収束した光の後にも、きらきらと日を映し黄金の輝きが残った。
何かが祭壇の先に突き立っている。
『これを授けます‥‥使い方はアイカが解るでしょう』
名を呼ばれてはっとするアイカ。
ふわりと温かな気配とともに、それが何なのかが頭の中にあることに気づいた。
「ははぁ!」
顔を上げるヴェスタと反対に地面に顔を押し付けるように、さらに身を低くするアイカ。
ぽろぽろと涙が溢れて止まらなかった。
『そして二人を最後まで守るのですよ。聖騎士長ジュノ』
順番なのか、最後にジュノにも
ふわりと温かさが授けられる。
巫女ではないジュノにも、それが特別な事なのだとわかり、感動で瞳をうるませた。
「はい!」
頭をあげて声を届けたかったが、それは叶わず地に伏せたままだったが、しっかりと声を出し答えた。
それ以上の言葉はなく、気配が遠のいていく。
きりと顔を上げているヴェスタ以外は、結局漏れくる光を見ただけで降り立つ光さえ直接見ることは叶わなかった。
不思議なことにルクールやユーリア達、アイ達にも温かさは伝わり、それぞれの心に印可が授けられたのが解る。
かの女神ノアに認識してもらえたのだと。
それはじんわりといつまでも胸の内を熱くして、そこにあるのだと感じられた。
その己が心に黄金で書かれた文字は、言葉としての意味は判らないが、スヴァーレイクの捧げ持つアイカの作ったバナーに書かれたものと同じだと解る。
自分達が聖騎士として認められたのだと。
音もなく気配が遠のき、女神の意思もまた去ったのだと全員が理解したが、各々の胸に宿る温かさを噛み締め、しばらくは誰一人身じろぎも出来ずにいるのだった。
祭壇の後ろに突き立った黄金の輝きは残っていて、そこからかの女神達の気配が微かにするのだった。
先程まで感じられた女神ノアのものとはまた別の気配だったので、女神はもう去られたのだとわかる。
それは1mほど宙に浮いていて、くるくるとゆっくり回転している。
直径は30cmほどで、長さは1.5m程度のアイカの身体と同じくらいの大きさだ。
それぞれが己が心に刻まれた気配に酔いしれる中、すっとジュノが立ち上がる。
気配に振り向いたヴェスタと笑みを交わし合い、祭壇を離れルクール達の前に立つ。
「顔を上げなさい騎士たち」
きりっとしたジュノが声をかける。
凛とした声には、戦闘指揮官の時のジュノの気配がする。
どこか芝居じみたセリフなのだが、誰もふざけているのだとは感じられない。
心の内に刻まれた言葉があるから。
ジュノの言葉に従い顔を上げる少女たち。
どこか幼さを残していた妹たちの瞳にも、しっかりと意思が宿っているのをジュノは読み取った。
いつもは見つめると恥ずかしそうに目をそらすアイ04までが、睨み返すように真剣な眼差しを返してくれる。
「女神ラウマさまに代わり、女神ノアさまより下された想いはみんなも受け取ったようね‥‥今日からあなた達もラウメン聖王国の騎士よ」
それは思いとしてだけ渡されたこの温度に、意味を与える言葉だった。
「私達で聖王国を‥‥聖王国の民を守ります」
ジュノは最後にそう告げ、汎銀河連邦のものだが敬礼をする。
ぴしりと決まったその姿に、ぱらぱらとそれぞれ立ち上がり真似て返礼する。
直立し右掌を開き額に当てた。
7人の聖騎士の前に立つ、凛々しい聖騎士長の前に。
ジュノが配下の騎士達を立たせている間に、アイカもヴェスタに助け起こされていた。
「大丈夫?アイカ」
そういって優しく抱き起こしてくれたヴェスタにすがり、すんと鼻をすするアイカ。
「へ、へいきです‥‥ちょっと感動が過ぎました」
両手で目元を拭うアイカは、流れ落ちる涙をぬぐった。
頬を染めはずかしそうに、にっこりと微笑む。
「愛佳がとても喜ぶだろうと思ったら、涙が止まらなくなったの」
それはアイカを使いコピーしようとして失敗したと思われていた、オリジナルとなる巫女の名前だった。
アイカは自分の持つこの心と呼んでいるものは、愛佳から分けられたものだと定義していた。
あの幸せな日々の中で注がれ育まれたのだと。
そうして二人で抱き合いながら、支え合うように立ち上がり祭壇を見ると、そこには異変が置きている。
小さな白い石のテーブルに乗せた2つの金のカップから水が溢れ出しているのだ。
ちょろちょろと音を立ててテーブルを越え、砂の上にあふれて染み込んでいた。
「こ‥‥これは?!」
ヴェスタが驚いてアイカを抱いたまま近づく。
水を溢れさせる2つの器に挟まれた大きめの皿には、オレンジの枝が数枚の葉を付けて置かれている。
なんとなくそれっぽいよねと、3人で飾り置いたものだ。
「ヴェスタみて!」
アイカは中央に置いた、これも黄金の皿を指さす。
それらカップや皿の黄金は、この星アルドゥナで掘り出した金を精錬したもの。
一度ストレージに収納したが、この星由来の黄金だった。
ただ横にして乗せていたオレンジの枝が、じわじわと大きくなっているのにアイカは気づいた。
「伸びている?!」
3枚しかなかった葉は5枚に増え、今も枝が伸びるに連れ増えようとしている。
じっと見ていても伸びているようには見えないので、とてもゆっくりとそれは育っているのだと解った。
なんの指示もないのに、ヴェスタはアイカを残し祭壇に進み枝を両手で取った。
持ち帰ったそれをアイカにわたすヴェスタ。
「これはアイカにわたすものだと思う」
自然と片膝になり頭を垂れ両手で受け取るアイカ。
そうすべきだと愛佳の記憶にあるから。
「謹んでお受けします」
ヴェスタは渡しながらも慌ててアイカを立たせる。
「私にはそんな敬意なんて要らないのよ。この枝には必要かもしれないけど」
にこり笑ったヴェスタには、もう作ったような遠慮した笑みはなかった。
時々見せてくれる、心からの笑みがそこには在るのだった。
「うん、女神様の祝福してくださった枝にね!」
アイカも照れくさそうにそう笑うのだった。
聖なる枝を両手で胸に抱いて。




