【第660話:おろされた言葉】
吹き抜けていく風が砂を運んでいく。
意外に大きな粒子の砂がサラサラと音を立てて流されていく。
砂丘の頂上はそうして運ばれて積み上げられ、崩れ去り落ちていく。
それはいただきの移動として描かれ、同じ位置にとどまらず太古の旅人を迷わせてきた。
方位が分ればそちらに向かえるというものではないのだ。
切り立つような斜面が重なり合い、行く者の視界を奪い進路を乱す。
そうして迷いながら進んできたのだ。
今その砂山の合間にある平地で、厳かに祈りが捧げられている。
白い厚手の布は、風で飛ばないように丁寧に長いペグを打ち、留めつけられている。
この場所はかつてオレイカルコスを求め、潜った遺跡のあった座標だ。
今は何一つ痕跡もない砂丘が連なっていた。
敷き広げたのはただの布ではなく、アイカがかつて見たあのラウメン遺跡の神域に敷かれていた絨毯を、縮小し再現したもの。
4m✕8mほどの長方形で、長辺は正確に一つの方位に向けてあった。
「どうしてこちらに向けるの?」
いつも元気なジュノも、今はしんみりした声だ。
意味を尋ねるのだが、なんとなくこれでいいのだとも感じている。
長辺の端に祭壇のように小さな机を置き、一本の枝を黄金の大きな皿に飾り付けている。
その枝はスパイラルアークの船内で育て、樹高2m程に成ったオレンジの枝だ。
船内で生まれた最も大きな命の一部を捧げることとした。
枝の周りにそえられている羊毛も、アークの船内で飼っている最年長の羊の毛だ。
左右には神域で流されていた聖なる川をイメージし、黄金の水差しにスパイラルアークで精製した純水を注いである。
それらを配置し祭壇としていた。
今日はにんまりせず、紅白の巫女装束をまとうアイカが、きりっとした表情で説明する。
「あちらに女神ラウマさまが居られるのです。とても遠くですが、神威を感じます」
アストラル・プロジェクションで見渡すことの出来るアイカには、正確に女神ラウマの居る方位がわかる。
一度星系図にも照らし合わせてみたが、距離が定かではないので、位置を特定できなかった。
アイカは間違いないと感じ取れるので、方位だけはわかるのだ。
なるほどと説明に納得するジュノとヴェスタ。
ヴェスタも以前準備した使徒様の白い衣装になっている。
ジュノはアイカとお揃いで、濃いオレンジの袴を着付けてもらっている。
腰にはプラズマソードを挿している。
聖騎士なのだからと。
3人で敷物に並び座る。
ヴェスタを頂点にしたデルタ編隊だ。
アイ達やルクール達は敷物の外、ヴェスタ達の背中をみて、これもお行儀よく別の敷物に並んで座っている。
そうするようにとアイカに指示されたのだ。
「ママかっこいいなぁ」
巫女衣装を始めてみるアイ02が吐息とともに漏らす。
「髪も今日は違うね!」
左右から編み込み、額や耳の上に金色の飾りもあると、アイ03もわくわくしている。
ぽおっと頬をそめたアイ02と03を、アイ01がたしなめる。
「口を開けてはダメだよ02、03」
『はぁい』
お姉さんぶるアイ01に、てへっとするアイ03と、しょんぼりのアイ02。
よしよしとアイ02を撫でつつ、アイカから目は離さないアイ01も頬を赤くして興奮している。
ルクールとルニーアは間にユーリアを挟んで、双子サンドしている。
ちょっとだけ小さいユーリアをルニーアも気に入って可愛がるのだった。
変形ホームを解いて、2列に並ぶスヴァーレイクと式神七式。
これもかつて神域で見たガーディアンを模して、先頭のジュノ機とアイカ機はポールを持ち、長いバナーを垂らす。
それらもあの神域のガーディアンを模して、作り出したもの。
丁度いい長さだと、リステルのスヴァーレイク用に作ったプラズマランスを増産してポールにした。
バナーは敷物とおそろいの色で、金色の文字が刺繍されている。
アイカ曰くラウマ様の聖騎士だと認める文言だという。
リシュアナ・ホーク婦人の言葉を借りれば、その文字を掲げられる機体はすでに聖騎士と認められているのだともいえた。
ジュノとアイカがすっと手をつき頭を下げた。
うしろの7人もあわてて同じ姿勢になる。
流石に言葉は誰も発さず、だまりこんでいた。
アイカの口から滔々と祈りの聖句が流れ、静かに最後の一節を閉じた。
「‥‥Šī balss nekad nepazudīs.」
それは宣した祈りに違わず生きますとの祈り。
この声は決して消えることはないと告げて、アイカは静かに祈りを終えた。
そうして黙り込むと、ヴェスタだけが面をあげ、女神へ話しかけるように続けて言葉をなした。
「ラウマ様‥‥もう一度お名前を使うことを、どうかお許しください」
細かな経緯や事情は説明しない。
もしもアイカの言うような上位者なのだとしたら、すべて把握しているはずと、願いを口にして頭を下げた。
今ふたたび女神の威光が必要で、それを求める民がいるのだと心に込めた。
私心を捨てた祈りに答えたのか、形式が正しかったのかは判らないが反応があった。
「‥‥あぁ」
誰の口から漏れたのかは解らなかったが、ヴェスタ達を包むように立ち上がった黄金の光に誰しもが目を剥いた。
アイカ以外は何かが起こるとは、想像もできていなかったのだった。
『ひさしいですねラウマの娘たちよ‥‥』
その美しい響く声は、音波ではなく、なにか別の圧力をもって全員に降り注いだ。
指示はなかったが、アイカと同じ様に一斉に額を地につけ拝礼するメンバー。
しようと思わずとも、降り注ぐ圧力に自然と頭が下がったのだ。
声はなかったが、アイカは目を真っ赤にして、涙があふれるのを感じた。
(あぁ‥‥女神様‥‥またお声をいただける‥‥)
それは巫女にとって、生涯に何度も味わえるものではない最大の栄誉だと、愛佳から引き継いだ記憶に知っているアイカ。
『あまり長い時間は許されておりませんので、簡潔に伝えましょう』
だれも答えることは出来ず、答えも求められていないとわかる。
これは会話ではないのだと、アイカ以外も言われずとも感じ取れた。
無言のまま押しつぶされそうな圧力に耐えるヴェスタは、ふるふると震えながら胸の内が暖かくなる。
(お答えいただけた‥‥それだけでも望外の祝福だわ)
この汚れきった身をもって、女神様の名を出してもよいのだと。
『貴女を正式に使徒と任じます、ヴェスタ=ラウミナス=レガリア=エル=セレス』
ぶるぶると震えるヴェスタは真っ赤な顔で耐える。
それはジュノとアイカと3人で作った、ラウミナスの名が女神の口にのぼった瞬間なのだ。
その後の言葉など、その感動に比べたらおまけのように感じるヴェスタ。
『たのみますよ姫‥‥心のままに成しなさい』
何をとも、誰にとも指示はなかったが、ヴェスタは感動の中で言葉を心に刻みこんだ。
これは神託なのだと。




