【第659話:仕事を一つ終えて】
来る時に徹底して索敵して、監視用の式も魔法士もいないと判断するリーベ。
(帰りは宵闇にまぎれて飛んで帰れそうですね)
往路は海中に深度を取って隠密に勤めた。
重力制御だけでも空中のほうがもっと速度が出るのだが、魔法士による隠蔽魔法の看破を恐れたのだ。
水中で狩猟しながらも索敵範囲を広げていった。
(まぁ‥‥島一つ無いこの海域を通りかかるものとていないわね)
それでも万一を想定して魔法的にも霊子波的にもパッシブに情報を集めたが、海洋生物以外には何も見つからなかった。
逆に海洋生物は大量に見つかり、この星の生物の大半が海に住んでいるのだと解った。
「みてえ!リーベママ!!」
メーナはすっかり式神蛟に慣れてしまい、身体そっちのけで泳ぎ回っている。
「おっきいいぃぃ!!」
メーナが楽しそうに追走するのは大型のクジラだ。
全長は300m近く、蛟の武装では倒せそうにない。
リーベの放出魔法なら討伐可能だが、スパイラルアークⅡのストレージはすでに蟹やマグロで埋まっているので、無駄な殺生もいらないなとメーナを止めるリーベ。
「持ち帰れないから、襲わないでねメーナ」
事情が思い出されたメーナも了承する。
「わかった!」
それでもその巨大な生物がうねりながら水中を群れで進むのは、かなりの迫力で、メーナを十二分に楽しませた。
「動画撮っておくんだ!」
おそらくアイ達に見せたり、ユーリアにも見せたいと思ったのだろうと、にっこり笑うリーベ。
この娘のようなメーナは、本当に優しい心を育んでくれたなと。
そうしてリーベが海底に転がっている、追加で見つけ倒した巨大な蟹とエビを収納する間、メーナは自由に海を泳ぎ回るのだった。
何度か休憩を取ったが、メーナは蛟が気に入ったのか身体に戻らなかった。
式神蛟は内部ペイロードを稼ぐため充電式を採用している。
外装の内側スペースを使い小型融合炉を積み込むと、武装を減らさなくてはいけないので、運用形態的に充電式をアイカは採用している。
これは式神初号機からの伝統でも有った。
大気か海水かの差は有っても、正面から取り入れストレス無く加速して後部から吹き出す。
そういった構造を取るためにも、融合炉のような形が制限されるものを嫌う。
運用時間は限られるが、最大の加速度と火力を併せ持つ。
マナミ達のように融合炉を積んでも、放出魔法で対応できるのだが、アイカはあくまで兵器として設計していた。
お陰で放出系のあまり得意ではないルクールやユーリアには、式神シリーズは便利な機体になっていた。
たっぷり海中散歩を堪能して満足したのか、後席でうつらうつらと船を漕ぐメーナ。
リーベはそっとシートを倒して、お腹にだけタオルをかけてあげた。
「今日はいっぱい楽しかったね」
「むにゃ‥‥」
聞こえているようだが、もうまぶたも上がらず、返事もできないメーナはそのまま夢に落ちていった。
リーベはベルトを締め直し、メーナを固定するとスパイラルアークⅡを加速して空中に上がる。
運用形態で船体を展開しているので、全長70m余りになる銀色の水滴型。
いつもよりスマートなイメージは、操縦室部分が前方に張り出し、第一格納庫を広げているから。
ルティナリウム合金製の船体は水色に見える地金色。
しゅぱっと一瞬青白く輝き、エネルギーフィールドを張り直せば、表面の水滴がざあと雨のように降り落ちた。
完全に乾いたアークⅡはそのまま無音で高度を取り、2000m前後で重力制御の加速をかけていく。
リーベの式が放たれフルコンシールで透明になる。
周囲の大気ごと運ぶので、亜音速まで速度を上げても静粛性は保てている。
直下に万が一船が居ても、この月もない夜ではスパイラルアークⅡを見つけられない。
あとは幻術が解けないよう、音速を超えないようにラウメン大陸を目指す。
約2000㎞ほど南下しているが、この速度なら2時間かからず戻れる予定だ。
くるときは6時間ほどかけて偵察しながら、狩りをしながら水中を来たのだ。
ストレージに収納しきれず、冷凍魔法で凍らせて格納庫にまでマグロが積んである。
ナノマシンでナノカーボンを編んだ網を準備し、地引き網のようにアークⅡと潜水艇で引いて100匹近いマグロを捉えた。
そのまま生きている内にリーベの放出魔法で瞬間冷凍した。
巨大な氷山の様になったマグロの詰まった網を、マインビームで海水や網ごと取り込み、仕分けして水とミネラルのたっぷりな海塩、そしてマグロもストレージを満たした。
そもそも海底で拾いながら来た、蟹とエビだけでもスペースは半分埋まっていたのだ。
獲りすぎた分のマグロは、凍らせたまま第一格納庫のシフト収納にもたっぷり積んできた。
これはシフトから出して、スパイラルアークのストレージに移す予定だ。
そうしてシフト収納技術を持つ、外縁星系開拓船2隻分の食料を、わずか半日で準備したのだった。
これは万単位の人間のお腹を、何日か満たせる量だった。
(その何日かで、次の段階に進めればいいけど‥‥)
メーナの髪をなでながらリーベは思いを馳せる。
ヴェスタ達は無事に戻ったかなと。
早ければ今夜にも戻ってくるはずなのだ。
手こずっても3日はかけないと、ヴェスタは別れる時に言っていた。
(女神様にお会いできたのかしら‥‥)
あのラウメン遺跡の奥底で、リーベも出会ったあの女神を思い浮かべる。
――2度は赦されませんよ
厳かな金色の光の中、ごうごうと降り落ちる神威にひざまずいた記憶が蘇る。
(あの、優しいだけではないお方は警告とおっしゃったわ‥‥)
おそらく覗き見ていたオリジナルに対したもの。
怒気や勘気とも違う、いたたまれなくなるような恐れを感じた。
それが何を指すのかは解らなかったが、いずれ許されない事なのだと地に伏せたリーベは震えあがった。
(あの女神様にお許しをいただきに行く‥‥ヴェスタは勇気があるわ‥‥)
同じだけの畏怖を感じ、リーベ達と共に面を上げられずひざまずいた。
その上で許されるのか解らない伺いを立てに行くのだ。
リーベには発想すら出来ない行動だった。
いつの間にか目を閉じ、顔の前に手を組んだリーベは祈る。
(女神様どうか私達をお許しください)
それはあの焼き尽くされたマナミを救った時のような、心を込めた祈りだった。




