【第657話:思っていたよりも大変】
リステルが想像していたよりも遥かに難民の数は多かった。
森の中に隠れていた人も多く、湖畔で炊き出しが在るという噂は、風のように森の中にも広がった。
「リーベお願いできるかな?」
リステルは眉を下げて申し訳ないといった表情。
ナノマシンを使った変装は完璧で、リーベとリステルが話しているのに、知らない人同士の会話に見えてしまうマナミ。
そのマナミもリーベと同じ銀髪に金色の瞳に変わっている。
メーナを参考にして色付けしている。
これはアルドゥナに居ない人種をイメージしているのだ。
将来的にラウメン聖王国の名前を出しやすいように。
見たことのない種類の人間が居たと話の種にしてもらう。
髪は染料で染めていて、ティア9のカラー剤はとてつもなく発色が良い。
地毛の銀髪にしか見えない色に染まっていた。
最近少し伸ばしているので、リーベの髪は背の真ん中まで伸びている。
マナミはいつもの慣れている肩眉おかっぱのままだが、色が変わるだけで別人にも見えた。
瞳もナノマシン製のカラーコンタクトで、瞳に合わせて収縮するところまで再現しているので、変装とはマナミでも気付けない。
そうやって容姿を整えると、マナミもリーベも美形なので十分に話題になっていた。
これはヴェスタ達の為の伏線でもあるのだ。
「わかりました。メーナの様子も見たかったので丁度いいですよ。こちらはマミーナが頑張ります」
そういってにっこりと妹を見るリーベに、こくんと真面目に頷くマナミ。
マナミの名前は少しめずらしいし、オリジナル達が把握している可能性を考えて、外では偽名にしていた。
少し入れ替えると現地っぽい響きになるし、わりと珍しくない名前で”愛”という意味の言葉だった。
リーベも少し珍しい響きだが、オリジナルと袂を分かってから付けた名前なのでそのままだ。
全員偽名にすると混乱が激しいので、必要なだけにする。
地元のリステルはもちろんそのままで現地に馴染める容姿なのだが、リステルの容姿は有名すぎて本人ではなくとも血縁と疑われる。
ウルヴァシャクで何度か騒ぎがあったので、リステルも髪を茶髪に染めていた。
鮮やかな金髪がとても目立つのだと、最初に証明されていた。
もちろんリステルも美形で、スタイルがいいので目を引く。
そうした属性の違いも有って、できるだけリステルは表に出さないようにしていた。
名前は石を投げればあたるほどいる名前なので、そのままだ。
少し上の年代女子で人気ナンバーワンの、建国の英雄にあやかった名前だった。
本人なのだが。
そうして足りなくなる食料を急きょ仕入れにいったリーベとメーナが抜けて、リステル達は6箇所で炊き出しをする。
現地の人にも調理と配給を手伝ってもらい、セイラシュとスフィーラはもうお昼も一緒に食べられなかった。
メーナが心配なのと、全然食べ物が足りなかったので運ぶため、リーベ達は一度拠点に戻った。
セイラシュとスフィーラもどこか見つけて食べてと言っておいたが、真面目な二人は自分の口に入れず、難民たちに配り続けていた。
リステル達が戻ってもまだお昼を食べていないと言うので、命令されて携帯食のバーだけですませたが食べた。
「このおいしいとも言えない携帯食すら欲しがるほど、民は飢えていました‥‥」
セイラシュはリステルにそういって悲しそうな顔をする。
高齢になったセイラシュには、孫のような年の子供たちが飢えている中、自分が食事を取る気持ちになれずに居たのだ。
スフィーラにも似たような気持ちがあったようだが、まだまだ仕事があるから倒れたりしないよう無理にでも食べてとリステルは願った。
「分かりましたリステル様。体調管理と思い、休むこととしますわ」
セイラシュからリステルの出自を聞き、ずっと歳上なのだと気を使うスフィーラだった。
スフィーラも配給に列ぶ難民が途絶えず、増え続けるのにプレッシャーを感じていたようだ。
「出来ることをしよう。本当に緊急対応なのだから、欲張らないでおこうね」
リステルはそういって笑って見せる。
大変だけど、自分の出来るだけをお願いした。
今後の打ち合わせも軽くこなし、また夕方までそれぞれが炊き出し地点を回り、問題がないか対応した。
幸い難民の中から比較的元気だった湖畔のグループが手伝いを申し出てくれて、とても良く働いてくれた。
「リステル‥‥食料が尽きたわ」
マナミが本部にしているテントに入ってくるなりそういった。
ここは最初にリステル達が仮説したテントで、こう見えてナノマシン保護膜利用の簡易トーチカ並の拠点だった。
武装も持ち込んでいて、テントの中は野戦陣地のような状態。
リステルをできるだけ外で見せないために、ここの拠点を守らせて司令塔代わりになっていた。
スタッフ全員が一度に戻るのは無理で、大から小まで問題は山積していた。
いくら無線が有っても指示を出し統括する人間が必要だったのだ。
「そう‥‥予定通りでは在るんだよね。むしろ調理や配給の効率が良かった。優秀な民たちだね」
少し誇らしそうにする、リステル。
「小耳に挟んだけど、女神ラウマ様を祀る古い教えの人たちみたい。この湖や森はラウマ様の土地だと言っていたわ。ちょっと献身的過ぎて心配だわ‥‥」
マナミも意味はわかりにっこりと嬉しそうに笑うが、すぐにその民も消耗するのだと笑みを消した。
「ちゃんと把握出来ていないけど、これ万単位で人が居るわよきっと」
海を渡れた者はウルヴァシャックや、その南側の島を目指したが、そうできないものは殆どが森に逃げた。
帝国軍の指揮を取っていたローレンス・ハーグリーヴス大将は、森に逃げた民は野垂れ死ぬか原始に戻ってくれと思っていた。
街にはもうお前たちの住む場所はないと、追い出したのだ。
特にカルサリクから焼け出された人たちは着の身着のまま森に逃げ込み、ここにたどり着いたとわかる出で立ち。
その中でもラウマ様を祀る者達が慈悲を求めて湖畔に至ったのだと聞いた。
「それをアイカが見つけたのは本当に女神様の慈悲なのかもね‥‥見つけてよかった。気付かなければ失うところだったよ‥‥この純粋な人々を」
リステルも笑みを一度消してそういう。
セイラシュを中心に、男性の志願者をつのり仮設住宅を建築しだしている。
これも4棟で頑張れば200人程度収容できるかなと準備していたのだが、けが人と病人で埋まり野戦病院といった雰囲気。
それも足りなくて、今も作り続けている。
「‥‥スフィーラさんにも言ったけど、出来ることをするだけだよ。マナミも無理はしないでね」
そういって、にこりと笑みに戻りお茶を飲ませるリステル。
「あちっ!」
「あぁ、ふーふーするんだよマナミ。してあげようかな?」
くくくっと笑うリステルに、結構よ!と頬を膨らますマナミ。
ふーふーとして、飲みだした。
ぐつぐつに沸騰したお茶は、香気は飛んでしまったが、すぐには飲み終わらない。
スタッフの誰かが戻ると聞くと準備して、飲む間は休むように言うのだった。
「おかわりも、お菓子も有るからね!」
そういってリステルはにっこりと笑う。
それは自分への労りだとマナミも気づくのだが、実際に飢えて動けなくなっている人を見つけて食事を取らせていると、焼けるようなあせりが生まれる。
もっと早く動かなければと、心だけが急くのだった。
もちろんリステルが一番そう感じているはずと、見た目ではわからないがマナミは知っている。
リステルほど民との距離が近かった建国者をマナミは他に知らないから。




