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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第3部 第9章
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【閑話:不思議なしあわせ】

 システィアの実家はアイン・サリムという家名で、1000を超える分家を従える氏族王の家系だ。

24氏族で構成されるラマディン首長国連邦の1氏族で、7家と言われる代表にもなっていて北に勢力を持つ。

砂漠には境界線が無いので、オアシスや水場の数がそのまま勢力となる。

面積的には3番目の広さに及ぶ領域に散らばるが、氏族の力関係では7番目となり、7家では最下位だ。

それでも王族と呼べるだけの力を持ち、認められている家だった。

「砂漠では王を首長(アミール)と呼ぶから、首長国と呼び習わすのよ」

システィアはそう娘を膝に乗せ説明していた。

「ようするに共和制で、ママの実家は議員ってことなの?パパと一緒だね!」

娘の政治学的知識は母を越えていた。

「議員ともちょっとちがうかなあ‥‥」

なんだか的を射ている気もするのだが、そうじゃないかなとシスティアは考え込んだ。

男爵は母娘のやりとりに、にっこりと笑みを浮かべるのだった。

たしかに首長国は、氏族の代表者によって運営される共和制とも言えるシステムで、議席の代わりに家の数が力となる。

多くの分家を従えれば、それだけ発言力が増すので、派閥を作り互いに守り合う。

「ミスティの言うとおりだね!本質的にはそうだけど、ママが違うというのはご実家の力関係だよ。僕たち議員は支持してくれる民達に仕えているつもりだけど、首長は家々の支配者って感じだね」

ほえーっといった顔で、新しい知識を吸収するミスティア。

この娘は疑問がなければ、同じ質問を2度しない。

1度で教えた以上のことを学んでしまうから。

「分家筋から見れば、本家の娘たるお母さんはお姫様なんだよ」

男爵の説明に、ぱぁと笑顔になるミスティア。

「すごい!!ママはプリンセスなの?!」

システィアの首に抱きつくミスティア。

絵本や物語も大好きなので、お姫様には憧れが在るのだ。

「そうねえ‥‥あたし達はアミーラと呼ぶのよ。いっぱい居た内の一人だしね」

明るく答えてよしよしと撫でるシスティアは、ちょっと頬を染めて恥ずかしがる。

6人いた姉妹の一番上だったのに、姫らしい事を何もしていないのだと恥じたのだ。

子どもの内に家を飛び出して、勝手に傭兵として暮らし、外界の男と結婚して帰ってきた。

「大したものではないの‥‥」

そうさみしそうに呟いた母を、不思議そうにミスティアは見上げるのだった。

自分の持つ知識に、その感情につながるものが見当たらなかったから。




 家族3人の旅行とも言える今回の遠征は、2つ大きな目的が在る。

「ねちゃったわ」

くすくすと笑って、後席でミスティアを横にして掛け物でくるむ。

少し工夫してあって、転げ落ちないように後席の足元は衣類などの柔らかい荷物で塞いであった。

もう何度も車中で寝て旅をして来たので、3人で上手に寝られるようにと、移動しながら娘を昼寝させられるようにとしてあった。

砂漠のドライブは子供には変化が少なく、退屈なものらしい。

「ミスティアの寝顔を見ると、僕は元気をもらうんだよ。大切なものがここにあるのだと教えてくれる」

そう言ってちらりと後席を振り返った男爵も、運転にかなり慣れたので、進路がぶれたりはしない。

最初の頃は「前見て!」とシスティアにしょっちゅう怒られていた。

うっとりとなったシスティアが、男爵の肩に頭を載せる。

「そうね‥‥」

それだけ呟いた表情には慈愛と幸せが等分に浮かんでいる。

しばらく二人で抱えた、幸せと義務を噛みしめる二人。

「かならずミスティを幸せにしてあげなきゃ‥‥家出しなくていいようにね!」

最後にはにっこりと笑うシスティアに、あははと男爵も笑い返すのだった。

「ミスティは誰にも嫁にあげないよ!ずっとパパといると言っていたもの!」

ふざけてそう言う男爵に、あはっと声も出てしまうシスティア。

なんて幸せなのだろうと、じんわり胸が温まるのだった。

先行きには暗雲が立ち込めているのにと。

 表立った目的の一つは結婚の報告だ。

これは男爵としてもシスティアとしてもとても胸苦しい案件だ。

本来は誇らしく帰省するべき内容なのだが、家を出た事情が事情なので、素直に喜べない。

男爵に結婚を申し込まれた日に、一日だけ待ってと時間をもらったシスティアは、祈りを捧げながら父母を思った。

お許しくださいと願い、自分の中だけで納得して結婚した。


――わたしの夫はわたしが決めるわ!


そのために家を出たのだからと。

ぎゅっとより強く抱きつくシスティアは、きっと一人だったら家に帰れなかったとも思い、男爵に感謝の気持ちが溢れる。

男爵もシスティアの気持ちを嬉しく思うのだが、それ以上に大切な娘を許可なく妻とした事を申し訳なく感じている。

その気持は自分がミスティアに向ける想いと等質なのだと。

ミスティアの可愛い笑顔が独占されるところを思えば、殺意に近い感情すら浮かぶのだ。

(一発くらいは殴られるかも‥‥)

システィアの傭兵としての強さを知っている男爵は、屈強な父親に殴り飛ばされる痛みを想像して青ざめる。

自分でもそうするなと覚悟を決める男爵は、決闘に挑む騎士のように凛々しい顔になるのだった。

こっそりその顔を見て、滅多に見られない夫の男らしい表情に、ぽおっとなるアミーラ・システィアだった。


 2つ目の目的もまた二人の心を重くした。

そもそもシスティアが帰省を思い立ったのは、オアシスの町の今後を憂いてだった。

今のままただ中継地としていても、これ以上の発展は望めない。

「水がある以上の価値を持たなければ‥‥」

きりりとなる男爵が、もうひとつの想いを口にした。

 今のままでは、ヴァルサール帝国や、その属国のようなサンガマラ王国に併合される未来しか無いのだ。

それではこの泉を作ってくれた、あのラウメン聖王国の使徒様達に顔向けできないと、男爵は考えているのだ。

「ただ善意だけで準備してくれたオアシスなのに、利権や政治的な意味合いで運営してはいけない」

男爵の表情には不安だけではなく、統治者に向ける怒りもある。

何度も打診されているのだ。

そろそろ正式に行政に従わないかと。

いま出ている帝国や王国の予算は、外交として出してもらっているのだ。

 男爵は独占して金儲けがしたいのではなく、自治を守れるだけの価値が欲しい。

きっと帝国も王国も、ずっと表に出てこない聖王国への敬意を、それほど長く保てないのだと男爵は考えていた。

「そろそろ教えてくれないかい?お姫様」

時々ふざけて二人だけの時によぶ愛称で男爵は妻を呼んだ。

いつもなら真っ赤になって照れるところなのだが、今日は顔色が優れない。

「決して簡単に上手くいくと考えているわけではないの‥‥あなたの魅力にもかかっているわ」

冗談ではなく、砂漠での交渉事に人柄は大きな意味を持つ。

信用できるかどうかが、成否の分かれ目でも在るのだ。

交渉相手は、信頼に重きを置く砂漠の民なのだから。


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