【第653話:モーニングルーティーン】
ヴェスタは時々すごく起きるのが遅い。
おおむねは普通に遅いくらいなのだが、日によって更にひどくなるのだ。
昨日は朝方まで騒いでお酒も飲んだので、明るくなっても誰も起きてこない。
お昼前にやっとアイカ達が起きたくらいだ。
気配を察してルクール達も目をこすりながら起きてくる。
時刻はまもなく正午になろうとしていた。
ナノマシン保護膜の外側テントは、上手に光を透過するので天気の良い空と輝く主星の光が透けて見えた。
それほどうるさい訳ではないのだが、ジュノも気配を感じて目を開けた。
無意識に互いを求め、ぴったり寄り添うようにヴェスタと抱き合っていて、あちこちしびれている。
おでこをくっつけ合って寝ていたので、ヴェスタの腰に回している左手はすっかりしびれて動かない。
動いたのでちくちくと血が通う痛みが、命と守るべき存在を同時にジュノに感じさせてくれる。
体ごとヴェスタに向いて首も痛いなと、くすりと笑う。
自由だった右手で反対側からもヴェスタの腰を抱き寄せる。
ヴェスタの腕もジュノの頭の下にあるので、同じ用にしびれているかもと気付き、首に力を入れた。
その感触に気付いたのか、すっとヴェスタの目が半分開いた。
「おはようヴェスタ」
優しい声が自然と出る。
昨日半分寝ていて酔った自分を、ここに寝かせてくれたのだなと思い至った。
じーっと、半眼無表情のまま見つめてくるヴェスタも無防備で愛おしいジュノ。
外からはアイ達とユーリアの甲高い声が響いてくる。
大声を出しているわけではないが、テントに防音性はないのだった。
「じゅの‥‥」
しばらくして、ジュノを認識したのかにんまりと笑う。
それはとてもうれしそうで、自然な笑みだった。
ジュノは身支度をして一人でテントを出た。
ヴェスタはあの状態から30分くらいは普通起きない。
酷いと1時間後にまた起こして、同じシークエンスを繰り返すときもある。
「おはよう!ちゃんと起きれたね。アイカ達はお風呂?」
一箇所に集まっている年少組に声をかけるジュノ。
屋外コンロで朝食を作っていたのは、ルクールとルニーアにユーリアの3人。
「おはよぉ」
「おはようジュノ!」
ちょっとまだ眠そうなのはルクールで、ルニーアは気持ちよく目覚めた顔。
ちらと見ると組み立て式の4人掛けテーブルが3つ出ていて、10人分のお皿が出ている。
可愛らしいプチトマトが赤く目を引き、美味しそうとジュノはよだれが湧き出た。
白いお皿に黄緑のレタスと赤いプチトマト。
もうこれだけで美味しそうと思ってしまう。
2つずつ載っている、その赤い果実のようなトマトに手を伸ばすと、ユーリアに怒られる。
「ジュノ!つまみ食いしちゃダメですよ!」
ぴくっと手が上がって止まり、仕方ないので髪を整える。
「し、しないよ?!髪を直そうとおもっただけだもん」
じーっと疑わしげにユーリアがにらむ。
にらんでいても可愛らしい水色の瞳が、ジュノのコバルトの瞳と見つめ合う。
「ジュノは前科がたくさんありますからね!」
ぷっとほほもふくらませるユーリアの側まで行き、頭をなでなでとするジュノ。
「おはようユーリア、今日も可愛いね」
ユーリアの両手は忙しくまだ調理中で、されるままにして気持ちよさそうににっこりとする。
はっと気付いてまたぷくーっと頬を膨らませた。
騙されないぞと、顔に書いてあった。
くくっと笑い、ジュノもお風呂ユニットに向う。
顔を洗いに行く。
そのまま寝たので酷いことになっている髪を、本当に直したいなと思ってもいたのだった。
一度目を開いたヴェスタはジュノがちゃんとそこに居るとわかると、うれしそうに胸元に抱きついてまた寝てしまった。
すやすやと寝たヴェスタを、そっと残してジュノは起きたのだった。
もう少し寝かせてあげたいなと思ったのだ。
こうして二度寝する事が多いので、もう誰もヴェスタを起こさなくなった。
その時間にヴェスタは短い夢を見る。
もしもアイカかジュノがその夢を見たのなら、すぐにヴェスタの夢だと気付いただろう。
白い巨大な城壁に守られた、大きなお城を見て。
その塔がいくつも突き立つ天守の最上部に、豪華な寝室が有る。
白と金色で作られたシンプルながら手のこんだ寝室。
透けるほど薄い緑色のカーテンが陽の光を入れている。
ベッドに半身を起こしたヴェスタは、現実では着ていない薄物の寝間着を纏っている。
扇情的なデザインではなく、着心地を優先した夜着だ。
そうして向かい合って座る、白いドレスのヴェスタを見つめていた。
「お姫様だわ」
ぼーっと半眼のまま見つめるヴェスタが告げた。
「いい加減起きるのですヴェスタ=ラウミナス=レガリア=エル=セレス」
長く古いフルネームで自分を呼ぶのも、また自分なのだなと不思議に思うヴェスタ。
「最近ちょっと改善したと油断しておりました。どうしたのですか?」
少しだけ心配そうにする姫ヴェスタ。
ぱちぱちっと瞬きして、やっと通常モードで起きたヴェスタが答える。
「ちょっと心配なの‥‥女神様は答えてくれないのじゃないかと‥‥」
そういって目を伏せ、最近の悩み事を口にした。
「何を弱気を‥‥答えがあろうと、なかろうとすることは変わりませんよ」
答えがあって意思が交わせるのならこしたことはないのだが、リシュアナ婦人の言うのを信じるなら、答えがないのも許可なのだと思うことにしていた。
それは巫女たちの常識らしく、感じたことのないヴェスタにはわからない理屈だった。
リシュアナ婦人には申し訳ないが、むしろ言い逃れや屁理屈に聞こえるヴェスタ。
「うん‥‥」
まだしょんぼりしているヴェスタに、そっと抱きしめるように姫ヴェスタが重なり一つになる。
それは外から見ていれば、アイカのアストラル・プロジェクションとそっくりなのだが、ヴェスタに自覚はない。
(大丈夫‥‥わたくし達は間違っていませんよ)
ふんわりと温かさが内から満ちてくる。
昨夜アイカとジュノがくれた愛情を思い出すヴェスタ。
二人には心情を隠せていないのだなと、改めて思うのだった。
(心配させてしまっている‥‥)
昨日の騒ぎももしかしたらと感じていたヴェスタ。
おかげで悩まず眠れたのだなとも。
(そうだ。せめて堂々としよう)
にっこりと綺麗な笑顔になるヴェスタの脳裏に蘇ったのは、恩人たるフィリアの声。
――嬉しいときには笑うものですよ
そういって綺麗に笑いかけてくれたフィリアを思い出した。
今どうしているのだろうと、少しだけ心配しながら。




