【第651話:月夜の行軍】
河から離れ山中に入れば人の目は気にしなくて良くなった。
標高4000mにもなる頂きを連ねる北山脈の中は、人が分け入るには厳しすぎる環境だった。
「これアウステラ基準で作ってあると、宇宙でもよゆーだよね?」
ジュノがのんびりとそんな事を言いながらも戦闘で索敵を兼ね少し先行して進んでいる。
「10G-100℃の水素ヘリウム大気で動かせる基準です!もちろん無重力0気圧の空間作業はもっと得意ですよ!」
式神七式やスヴァーレイクは、惑星アウステラでもっとも過酷な環境だったセクターAに準拠している。
もともとAIのあやつる式は宇宙空間用に開発されたものだ。
広大な作業領域を速やかに把握する意図で、求められた技術だ。
6軸に自由に動ける重力制御と組み合わせ、高軌道から始まった宇宙開発の主役だった。
「空気が濃いね!」
ジュノはあらゆる挙動に大気が影響する感覚を、久しぶりに味わう。
水面下で動かしたときより、大気中の方が流れを意識させられる。
速度はまだ遅いのに、僅かな挙動のずれで空気に押される感覚だ。
アウステラの原始大気と比べると、この星の大気は重いなと感じる。
同じくらいの気圧なのになと。
そうして山間の谷に沿って時速200㎞ほどで慎重に進んでいた。
先日の話し合いで、もう見つかることを恐れないと決めたが、見つからない努力はちゃんと続けている。
電波霊子波を極力出さず、高度もできるだけ取らない。
そうした心がけは続けていた。
あくまで見つかるのを恐れ、選択肢の幅を狭めないといった意味合いだった。
今も絞った霊子波通信リンクで小隊内だけの通話だ。
砂漠の中央を目指すのだが、途中のルートも探索しながらの移動をする。
日が沈んでから出撃してきたので、今は深夜になる。
大きな満月が照らしているので、夕方程度の視程が取れる。
全員で離れて、アウステラの時のように探そうかとも考えたが、目立ちすぎるのを嫌い2小隊に分けた。
アルファチームはヴェスタとルクール・ルニーアに、アイ01・02が従う5名。
ブラボーチームはジュノ・アイカにアイ03・04の4名だ。
それぞれ陸上に上がってから2方向に進んだ。
山中を100㎞ほど移動して、そこから並行して砂漠に入る予定だ。
「見えた。このARの表示に従うよ!」
ジュノがそう言って左手の鋭い稜線を越えるべく、ジャンプする。
ぼひゅ!
本来はこの人型形態のままでも、音速を越えて飛行できるスヴァーレイクだが、今はパルスジェットを封印しているので、ホバーと重力制御に脚部の蹴り足をたして飛び上がる。
これだとほとんど光を出さないので、夜間ということも有り遠目にも発見されないだろう。
脚部の核熱ホバーも、排気に大気を混ぜて温度を下げる工夫がされている。
ぼひゅひゅひゅ!
アイカ達も遅れて同じ地点でジャンプ。
正確に山の高さだけ飛び、ほとんど高度を変えない神業は、アイカの計算に寄る。
アイ達も同じ計算結果を魔力リンクでもらうので、同時に動いてもシンクロする。
アイ01は長大な狙撃用ライフルを抱え、大きなシールドも装備する。
02の機体には面制圧用の2連装40㎜機銃を持ち、同じ大きさのシールドを左手にもつ。
アイ達は03・02・04・01とそれぞれ得意の距離に合わせた装備だ。
03は近接メインで、04は中距離支援型。
互いに得意な距離が違うので、4人チームの時が一番効果的に運用される。
アイカは手持ちの火器を持たず、左右の肩に固定兵装の盾と大型の式を積んでいる。
これはそのまま肩部キャノンとしても撃てるし、飛ばすことも出来る。
そうして3体の大きさも重さも、重心さえ違うのに、固定したように距離が変わらないのは、アイ達の練度も有った。
機種の異なる編隊機動ほど、練度の差が現れる。
「見事ですアイ01・02。完璧な同期ですよ!」
アイカはにっこりと嬉しそう。
頭の中では4機の複雑な運動方程式を連動して解いていて、そこからのズレをほとんど感じなかった。
「えへへ!」
にんまりのアイ02が笑い、まあねとアイ01も嬉しそうに、普通の声を保つ。
二人のアウステラでの戦闘時間は、一般的な軍人のそれを越えていた。
超ブラックなスクランブル対応をしてきたのだ。
世界中が敵というアウステラの戦場で。
北西に進んだブラボーチームと直行し、南西に進んだヴェスタ達アルファチーム。
こちら側の方が早く山が切れたので、右手には広大な砂漠を見ながら、ホバー移動中だ。
式神七式達は多脚戦車形態に代わり、6本の足で滑っている。
この形態が水平方向の地上移動には向いているのだ。
ヴェスタのスヴァーレイクも足を変形させ、上体を寝かせた同じモードで滑っている。
スヴァーレイクも3形態に変形可能だ。
一回り大きなヴェスタ機を4機の式神七式が追うようにダイヤモンド編隊。
「ここいらで曲がるよ!」
『了解!』
こちらも小隊内に絞った通信で右に曲がり、目的地を目指す。
拡大MAPに出した進路予定線は、並行して砂漠中央に引かれている。
100㎞圏内に入ったらまた進路変更して、現地で合流の予定だ。
近日撮影した低軌道からの映像でも、ラウメン遺跡は見つけられなかった。
念のためアルドゥナ低軌道にいる2つの式からきた映像を統合し、アイカが精査してあった。
ホバー移動ではたかだかと砂煙が上がるのだが、この1辺が1000㎞を超える広大な砂漠で、m単位のスヴァーレイク達を光学的に軌道から見つけるのは、ほぼ不可能だ。
高高度辺りに偵察機でもいれば発見される恐れもあるが、見下ろしではレーダーも使えず発見出来ないだろうと、ジュノとアイカは判断した。
それでも速度を絞って進むのは、周囲探索だけではなく、この光学観測を警戒している。
「じゃあ360度監視で。私は正面見るね!」
一人あたり80度程度に絞るので、常時監視が可能だ。
ルクール達も事前に打ち合わせていて、了解とだけ答え、それぞれの担当角度を警戒する。
これは敵機より、なにかしら遺跡の痕跡がないかを見ていた。
この速度でも夜明け前には以前潜った入口に到着予定なので、あとは年少組が居眠りしていないかを気にするのが、ヴェスタ達の仕事に成った。
インカメラの中でルクールまでが目をこしこしとこすっていた。
「もうちょっと頑張ろうね!あっちに付いて合流したらいっぱい寝られるからね」
「はぁい」
「まかせて!」
そっくりの顔なのに、ルクールは眠そうに、ルニーアは元気よく返事をした。
ルニーアはこういった行軍自体が初めてなので、アイ達とルクールが気を使ってここまで来たのだ。
そうして一番体力を残していたのだった。
「ふわぁ‥‥」
変化の少ない砂丘の連なりに、ヴェスタまでもあくびが出て、あわてて口を両手で覆った。
あははと、年少組も笑顔とともに眠気を少しはらうのだった。
「ずっと砂だけだし眠くなっちゃうのよね。がんばろ」
「はーい!」
そうして仲良く探索を続けた。
アイカ達と合流してから寝るのだと、アイ達も目をこすって頑張るのだった。
アンドロイドの本体と、内蔵されたアイ達の本体も同じ仕草で。
ちらと見上げた巨大な満月に、ヴェスタは色々と想いを馳せる。
あの月に監視されていたのだなとも。
そう思って見上げれば、そこにいつも月があったのだと。
これでは逃れようもなかったのだなと、諦めるのだった。




