【第650話:その巫女は理知的】
この名もない湖は現地の人々の信仰を支えてきた。
それは太古の昔に遡り、ミラサネル共和国になる前、アヤンタ王国が入植してくるずっと前からそこに住む者達に敬意を向けられていた。
この大陸南東部は人に許された土地なのだと。
大陸の南東部は東から来る暖流に恵まれ、また山脈からの水源もあるので土地として恵まれている。
河口の先の海も大地の恵みを得て、豊かに育まれている。
起源はわからないが、ずっと昔から人が住んでいた。
太古にも何度か天変地異は起こり、人々は絶滅に瀕する被害を受ける。
南東の、今はウルヴァシャックのある島が何度か噴火もしたし、日照りや洪水の被害にも有った。
それでも水源と川沿いの土地は人々を惹きつけ、そこに住まうものは減らなかった。
近年研究された遺跡などから、文字が生まれる前から人々はここに暮らし、その当時から不思議な援助を受けていたと想像された。
大陸中央の砂漠には今でも教えとして人々の中に残る、女神の国が有ったのだという。
ひれ伏す小さな人々と巫女。
そして手を広げ立つ巨大な女神が各地の洞窟遺跡などからも見受けられた。
その国は人の住めない大陸中央部の砂漠に有り、人々が困っていると食料や不思議な薬を分け与えてくれたのだという。
名乗ったのかたずねたのかは定かではないは、その救いは女神ラウマによってなされたのだと伝わる。
やがてそこには人の国も出来上がった時期があった。
ただ住まうなら北にあるもっと住みやすい土地もあったので、そこに逃げ移ったりもしたという。
今はもう無いが北大陸の古い王家や民達に、女神ラウマの教えは広く残っている。
人を敬い慈しみを持って生きろと伝わっている。
その昔には巫女の一族に祈りの言葉が引き継がれていたのだが、今は失われたと言われる。
それでも教えは広く残り、世界中の争いを押さえ込む力さえ有った。
本来は人とは集まれば争うものだから。
リステルとマナミはすぐにルートを戻り、湖畔の難民に支援をする準備を始めた。
話し合った結果それなりに人手は必要だし、やはりリーベも手伝うと決まり、メーナも泣く泣くアイ達やユーリア達と分かれた。
結局アークとアークⅡのチームで分かれることと成ったのだ。
「メーナはアイちゃん達と行ってもいいのよ」
そう言ってリーベは勧めたが、何も言わずリーベ達と行くと決めたメーナ。
母と思うリーベと別れるのは、友達のアイ達と別れるより辛かったのだ。
「アイ達を半分連れて行くといいよ」
今ではアイカの式では無く、一人ずつの人格AIとなっているアイ達はメーナが不憫と思って同意し、誰が行く?と4人で話し合っている。
「いや、それはやめようよ。以前の遺跡探索はそれなりに戦闘も有ったし、こちらは戦うつもりがないよ」
リステルがそう言って遠慮したので、結局4人だけで戻ることに成ったのだ。
ヴェスタ達は湖の西側から山中に入る河をさらに遡る。
川沿いには住むのに良さそうな土地がまだ幾らでも有ったが、こちら側に人はあまりいないようだ。
時々民家を見つけるが、村落になるほどは人がいない。
「本当にこっち側を聖地と崇めているのかな?時々住んでる人も時々いるけど」
ジュノが首を傾げる。
「どんなにメジャーな教えでも、それ一色にならないのは、教えそのものが正しいとの証明でもあります」
なぜかアイカが自慢そうに言う。
アイカは自称ラウマの巫女なので、そうなのかなとヴェスタは微笑む。
(私もラウマさまの使徒だと名乗ったのだったわ)
かつて演技のつもりだったが、人の生命がかかっていると真剣に取り組んだシーンを思い出すヴェスタ。
多少ダメージのある情景も浮かんだが、概ね上手く行ったなと思い出せる状態。
(多くの人を救えたのも、救おうとしたのも嘘じゃない)
ナラインやシャラハ達からもそう告げられ、今ではヴェスタも良かったのだと思い出せる。
「そうね。あらゆる罪を許し慈悲をたれる女神‥‥その昔から人々にそう求められたのかしら?」
現代の主流となる文化人類学の解釈では、そう言われる。
人の力では乗り越えられない自然の猛威に、おのずと神を見出したのだと。
宗教家は競ってこれを否定するが、祈りが先か神が先かといった問題に答えはない。
(答えがないと言うこと‥‥きっとそれ自体がそういった超越者と人との関係なのだわ)
ヴェスタの解釈ではそうなっていた。
すっと目を閉じ巫女の顔になるアイカ。
「アイカには感じられるのです‥‥ラウマさまの存在が。遠く星々の先に居られると感じられます」
誰も知らないのだが、その顔は神事に挑むオリジナルの愛佳と同じ顔だった。
かつて一度支援をもらったあの女神を探して、かつて行ったことのある遺跡の有った砂漠を、ヴェスタ達は一旦目指していた。
遺跡が見つからなくても、何か手がかりが有るかもと行くのだ。
実は月騒ぎの間に静止軌道やラグランジェポイントに残していた式が、その痕跡を見失い騒ぎになった事もあった。
いくら探しても遺跡の痕跡は軌道からは見つけられなかった。
戻ったら現地の砂漠を再調査したいと、アイカは常々言っていた。
「あの遺跡は民の祈りのために準備された場所です。許しを請うにふさわしい場所なのです‥‥」
この先でまた女神ラウマの、聖王国の名を使わせてもらおうとヴェスタは考えている。
シャラハの妻リシュアナに認められているが、可能ならば女神達に許しを請いたいと思ったのだ。
「おそらく正しい求めならば、また御元に寄せてくれるはずです‥‥女神さまはきっと私達よりずっと高次の方々なのです‥‥絵の中の人を見て、その場所や想いを私達が読み取れるように、神々もまた私達の世界を高い視点で見ているのです」
神託を告げるが如く、厳粛な面持ちのアイカが告げた。
うんうんとジュノとヴェスタもうなずき、そこに信頼をよせる。
アイカはとても論理的思考をする巫女なのだった。
汎銀河連邦最高クラスのAIなのだから。




