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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第2部 第26章
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【第550話:コードのゆりかご】

 少し様子がおかしいなとクララは心配になる。

「ねぇ‥‥ヴィェラ‥‥なんだか進んでいないみたいに見えるのだけど‥‥」

ぶ厚い灰色の雲を突き破り、強大な重力のくびきから逃れた瞬間は、最大のカタルシスだった。

万年の想いの全てが報われたとすら感じたクララ。

大気圏を離脱し大地が曲線に見え出す頃、行き足が止まってしまった。

眼下の雲を輝かせる足元からの光は尽きてはいないし、むしろ眩しいほどに光を放っている。

それは星々の海をわたる力になるはずのもの。

「大丈夫よ‥‥もう間もなくだわ‥‥あの光が私の望みをすべて叶えてくれるの」

クララはここで初めて異質さに気付く。

「ヴィェラの、のぞみ?‥‥帰ることじゃないの?」

少しだけ不穏な響きに、クララは身を乗り出し、ヴィェラをみる。

目を伏せた横顔はおだやかで、静かにその時を待っている。

「そう‥‥還るのよ‥‥」

クララの不安を拭うはずのその言葉には、少しだけ違うニュアンスが込められる。

ほんのり眉を下げたクララが、すがるような表情になり、口を開く。

「そうよね‥‥」

クララはそこから目を反らし、少しほっとした気配を演じ、シートへと戻った。

そうなのだと自分に言い聞かせて。

窓の外はもう星空を隠すほどの金色に包まれていた。

あの光が故郷へといざなってくれるのだと。




 アイカの演算領域はとっくに破綻して、行き詰まっていた。

そこで突然ふわりと世界が広がるのを感じる。

それはコードにない領域に式を拡張させてくれた。

(これは愛華の教えてくれた技術?‥‥きっと巫女の力だわ)

アイカは誰に聞かせるでもなく、そう心に思い描く。

あたたかな愛華の気配が背を支えてくれている気持ちになる。

拡張された領域までも埋め尽くし、アイカは式を更に広げる。

(聞きなさいルクール‥‥Šī balss nekad nepazudīs.‥‥その体にわたし達が刻み込んだ言葉よ)

異国の言葉は意味を伝えない。

ただそこに込めた思いだけをルクールに突き刺す。

「決して」と。

「失われない」と。


 アイカのささやかな抵抗を感じてルクールは涙を流していた。

嬉しい涙だ。

こんなにも必死に抗ってくれる。

これほどにも自分を引き留めようとしくれていると。

アイカを通してユーリア達の心までも届けられたと感じた。

それは本来命を終える者が、惜しんでくれるものから受け取る喜び。


どくん


輝きに包まれ動きを止めていたルクールの胸が疼く。

そこにアイカが想いをこめて刻んだ言葉(コード)があるから。

(こ‥‥これは‥‥なに?)

ルニーアは心地よくルクールと溶け合いながら、そこに異質なトゲを感じた。

(いや‥‥ルクール‥‥それにさわってはだめ‥‥ルニーアの中に戻ってきて)

膨大なルクールの光が、本来眩しいほどの光を放つルニーアを飲み込み混じり合っていた。

そこにはもう境がなくなるほどに溶けあった光だけがあった。

輝くコード達のたゆたう、ゆりかごのような心地よさがそこにある。

そうして失われるはずの輪郭を止めようと、アイカの言葉が突き刺さっていた。

(でも‥‥なんだろう‥‥とても大切なものだと感じるんだよ‥‥)

そのトゲは記憶。

膨大なログに押し流され消えたはずの心。


日々の中で驚いたこと。

喜び笑いあった時間。

悲しみを分かち合おうと強く抱き合ったひととき。

ユーリアの無垢な笑顔が有り、ジュノの頼もしいおもいやりの笑みがある。

ヴェスタの儚くも美しい特別な微笑みは、ルクールを捉えてやまなかった。

そして涙を落とすアイカの悲しそうな顔。

それらがルクールをとどめている。

万の夜を越えて形作られたルニーアの望んだルクールは、ほんの僅かな日々の中でさらに育まれている。

あの日ルニーアと分かたれたルクールは望み、受け入れられ家族として遇された。

そのほんのわずかな日々は、ルニーアとすごした一万の年月に匹敵した。

(あぁ‥‥アイカが‥泣いている‥‥)

ルクールは我慢できずに手を伸ばす。

心の手を伸ばす。

アイカの声が光を押しのけて染み込んでくる。

(ルクール!!怒らないから出てきなさい!)

アイカは泣きながらそうして呼び続ける。

まるで子どものように扱うそのアイカに、涙が溢れてしまう。

(アイカ‥‥)

くしゃくしゃにした真っ赤な顔は、せっかくのアイカの愛らしさを台無しにしていた。

涙は鼻水も呼び込み、まるで幼女のように顔中で泣き続けている。

(かえりたい‥‥)

ルクールはついにそう願ってしまった。

あの温かなベッドに戻りたいのだと。




 ぱぁあん


乾いた音を立ててルクールの光が弾ける。


それは宇宙船の先端から粒子に変え、粒子もまた位相を変え細やかな塵に還っていく。

「ありがとう‥‥ルクール」

ヴィェラは感謝の中で光に飲み込まれた。

クララは目を閉じて幸せになるのだと願い続ける。

有るはずもない故郷を思って。

それらは等しく塵に還り、宇宙に撒かれる。

そうして果てしない過去に定められていたコマンドはここに成された。

お疲れ様といういたわりの気持ちを乗せて。


 ごうごうと魔力を放つアイカにはもう燃やすものが残っていなかった。

炎だと自分を定義しているアイカ。

あの極寒の凍土から愛華を救い出し溶かせる炎になるのだと、あの日スリープし横たわる時に決めたから。

悲しみの氷を溶かし、温めるために生きて行こうと心に秘めたから。

(ルクール!そこは寒いのよ!こちらに来るのです!)

ほとばしる涙をそのままに呼びかけるアイカ。

お願いだから聞き分けてと。

ここに戻ってくれればアイカが温めてあげるのだと。

そう伝え続ける。

あらん限りのものを魔力に変えて燃やし続けることで。

繰り返し当てられる無限反復処理は、とてつもない硬度をもった太古のコマンドを一瞬凌駕した。

(行ってはダメ!来なさいルクール!!)

そのアイカの最後の力で放たれた言葉は、あらかじめ刻んであった魔法の言葉(スペル)を通し、ルクールに突き刺さる。


core.link(Lukur);

loop(infinite) {

overwrite(command.origin, signal);

reinforce(memory.link);

if (target.distance > 0) {

pull(target, Aika.position);

}

}


/* Šī balss nekad nepazudīs. */

commit(signal);


(アイカ‥‥)

ルクールから微笑みの気配が返る。

それを受け取ったアイカもやっと険しい顔を解いて、微笑みを浮かべた。

(おかえり‥‥)

アイカは全てを出し尽くし、燃やし尽くして意識を落とすのだった。


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