【第548話:それはルクールの心】
出来ることを全てする。
そうやって納得するような時間が流れていった。
ヴェスタにしては早起きできたのも、今日が打ち上げ予定の日だから。
ルクールがトリガーに成っているので、好きなタイミングで始めていいらしい。
「色々と対応する時間がほしいので、早めの時間に始めたいですね」
アイカは顔色悪くそういった。
ここ2日で3度ルクールに潜ったが、成果は十分と言えないらしい。
調べ続ければいくらでも調べられるといった所だろう。
期日があったのは、逆にアイカのためには良かったのだなとヴェスタは思う。
「食事が済んで落ち着いたら始めよう」
ヴェスタはそう決めて静かに告げるのだった。
全員で帰るのよと。
ごうごうと彼方から音と振動が伝わってくる。
それは次第に大きくなり、なにかの始まりを告げるのだった。
「いよいよ発進するのね‥‥あぁレンカ、もうすぐだよ‥‥」
少し高い声には、隠しきれない喜びの気配が滲む。
クララは自分のシートの横に固定した棺桶のようなケースを撫でる。
身体は背中のラッチが固定しているので、動かすことは出来ない。
この巨大な宇宙船の前方中央に設けられた操縦室だ。
べつに操縦装置や操舵装置があるわけでも、航法用のレーダーや表示が有るわけでもない。
操縦室と看板が出ているだけの部屋だった。
広い質素な室内に豪華な椅子が4つだけ準備され、2つ並んだ1つに腰掛けたクララが前の席に声をかける。
「遅かったわねヴィェラ。間に合ってよかったわ」
そこには今日は左右に分けておさげにした金髪をゆらし振り向いたヴィェラ。
「ええ、少しお別れをしてきたのよ」
にっこりとそう言ってヴィェラは微笑んだ。
その心中を見せることはない透明な笑顔。
「あぁ楽しみだわ‥‥おうちに帰ったらレンカも起してあげますからね」
ふふふと笑いの気配をもらすクララが、ケースをまた撫でた。
振り向いてそれを見ていたヴィェラが、微笑みのまま前を向く。
本当に楽しみねと呟いて。
(想定外です!)
最初は細やかな振動とごごごといった地鳴りのような音で始まった。
ついに打ち上げを開始したのだ。
いつものノリでついカウントダウンまでして、わくわく始めたのだ。
一分もしないうちに、全員の参加する短距離通信はおろか腕の中に庇ったユーリアの個人通信すら聞き取れない轟音に成った。
何度か見て知っていたはずなのに規模は想定以上だった。
音と振動と光にあふれる室内で、アイカはもう一つの想定外にさらされる。
打ち上げ前に儀式のように式を織り、丁寧にルクールと魔力リンクしたのだ。
それは本来は式と術者の結ぶ契約のような式。
アイカはそこから色々な情報を引き出し、ルクールのコードに干渉するつもりでいた。
手応えがおかしいのだ。
触れて応じることは出来ても伝わらない感触は、アイカに何も出来ない絶望を感じさせる。
スパイラルアークの操縦室で、ルクールを囲むように4人で床に座り、スーツの電磁アンカーを使い身体を固定した。
シートに座らなかったのは、触れ合っていたかったから。
打ち上げが始まるとルクールは凄まじい光を発し、皆をおしやった。
輝くルクールは打ち上げとは別のコマンドを使い始める。
アイカには宇宙船に注がれる魔力が見える。
それは炎に変換され待機を燃やしてノズルから吹き出される。
(燃料タンクをさがしても見つからないわけです‥‥まるでレーザー供給のように魔力を打ち込んで燃焼するなんて‥‥発想がおかしい)
おかしいことは知っていたはずだったが、思いつきもしないほど無駄なプロセスを踏んでいる。
この魔力をどうやって作っているのかは想像でしか無いが、既にそこが非効率だろう。
そしてそれを指向しているとは言え、空中を運び撃ち付け受け取る。
これだけで半分も失っているだろう。
それを幼稚な変換式が炎と熱に変え大気を吸い込んで燃やしている。
空気の流れを見れば前方から吸い込んで後方から燃やして吐くという、ジェット機のような仕組み。
(気密ががばがばなのは、この仕組みのためでしたか‥‥)
機械達は呼吸をしないので、気にしなかったのだなと考えていたアイカだった。
アイカの腕の中で体を固くしているユーリアは、ヘルメットのハードシールドを下ろしている。
アイカも下りていて、見えている映像は調整されたVR映像だ。
裸眼で外を見れば網膜が焼けてしまうほどの光子が暴れまわっている。
保護スーツのナノマシンは瞬時に透明シールドを減光し、間に合わないと判断してハードシールドを下ろして切り替えたのだ。
すぐ横でうずくまるジュノと右手は繋いだままなので、左手でユーリアを抱きしめている。
ジュノは右手でヴェスタを抱きしめて同じように振動に耐えていた。
互いに声を届けることは出来ないが、チラとカメラを向けたので、言いたいことは解っていると頷いてみせた。
アイカの魔力リンクには、宇宙船に注がれるのと同等の魔力がルクールに注がれ、逃すこと無くそれを収納している姿が見えていた。
(いったいどこに仕舞っているの?この膨大な魔力を‥‥ルクール‥‥声がききたいわ‥‥)
あまりの規模に、アイカはすくんでしまっていた。
この吸い込んだ魔力が反転して放たれるのかと。
普段アイカの扱っている魔力とは桁が違いすぎた。
アイカはルクールが式を使えなかった理由に思い至る。
魔法は本来器を満たして反転し属性を生む技術。
小さいものから大きいものまで器は術者のレベルに合わせて準備するもの。
そうして初級中級などとも読んでいる階梯が作られたのだ。
アイカ達の回りには、ルクールの用意した器を満たせるだけの魔力が無かったのだ。
視線を感じてルクールを見るアイカ。
ルクールは金色に輝いて宙に浮いていた。
まるで放たれた光で押し出されるかのように。
保護スーツは打ち上げが始まってすぐ粒子に分解され消えてしまい、アイカが生み出した通りの姿で両手を広げ1mほど浮き上がっている。
その上を向いていたルクールが、うつむいてアイカを見ている。
視線に少しだけ集中すると声と成って受け取ることが出来た。
(アイカ‥‥アイカ‥‥)
ルクールの声に苦しそうなところはないと、それだけは安心できたアイカが答える。
(聞こえているわルクール。わたしの声も届いているの?)
ふわりと笑いの気配が伝わってくる。
(よかった‥‥もちろん聞こえるよアイカ‥‥みんなの声もちゃんと聞こえる‥‥この船にのっている皆の声が‥‥)
ルクールの瞳は太陽のように眩しく、減光し調整した画像でも表情は読み取れなかった。
真っ白な人型になり、暗闇に浮いているように描かれていたから。
そのシルエットを妨げるものは何もなく、生まれた時の姿なのだと読み取れる。
(いまからスパイラルアークとスパイラルアークⅡだけを外に出すよ‥‥今の私にはそれくらいのことは簡単なことなんだ‥‥)
少しだけ嬉しそうな気配は、役に立てる喜びを感じている、いつものルクールだった。
何の役にも立たなくてもルクールは必要なんだよと、ジュノからもヴェスタからも気持ちを受け取って、それも嬉しいのだった。
(ありがとう‥‥みんな‥‥)
すうとルクールの温度が下がった気がする。
アイカは気がついた。
これはアストラル・プロジェクションの時と同じだと。
言葉ではなく心が伝え合う、偽ることの出来ない気持ちなのだと。
音波を介さず、直接心で受け取っているから、全ての気配が濃厚なのだと。
こんなにもルクールは嬉しいのだと。
そして別れが淋しく辛いのだと。




