【第545話:ちゃんと分かっているの】
とんとんと優しい振動がある。
アイカがユーリアを優しく叩いている。
ユーリアは今日はルクールに抱きついて離れない。
いつもよりルクールにベッタリするのは、しばらく離れていたせいかなとルクールは微笑む。
ずいぶん懐いてくれたなと。
最初のころにあった違和感の理由を、ルクールはアイカに聞いていた。
母親を亡くしたばかりなのだから、少し配慮してあげようと、二人で相談したから。
(母親のかたきだと思われたのだ‥‥その通りでも有るんだけど)
今のルクールは全ての記憶を持っていた。
あのルニーアとともに幽閉される直前までの記憶も。
この身体に入ってからの記憶は自分のものだと疑いなく言えるのだが、あの硬い身体に入っていた時期のことは、他人事に感じてしまう。
記憶はあるが、知っているというだけで、実感はなかった。
「ルクール‥‥一緒に来てほしいの‥‥マナミ達と話しに行くから」
ユーリアを起こさないようにそっとささやくアイカ。
「うん、わかったよ」
いつもと同じようにふんわりと答えるルクール。
そこに変化はないように見える。
アイカはそっとルクールの手を握る。
「覚えている?初めて連れて行った日のこと」
アイカは珍しく言葉が多いなと、感じるルクール。
「もちろん。生涯忘れられない体験だし、きっと私がルクールになった日だよ」
ルクールも珍しく多弁だった。
「‥‥うん」
アイカの返事はまた遅れるのだった。
あの日、心を見せてくれたルクールは今の少女の姿だった。
ソリッドステートの硬い身体ではなく。
そっと目を閉じたアイカがぽうと赤くなる。
アストラル・プロジェクションに魔力を使うので、そう見える。
ジュノやユーリアにはこの魔力は見えないのだとも聞いた。
(きっと私のこの魔力もアイカには見えているんだな‥‥だからちょっとおかしいのかな?)
アイカの違和感はずっとルクールも感じていることだった。
すうと意識が遠のくと、ふわりとピンク色の大地に立っていた。
自分の手足を確認するルクール。
(よかった‥‥ちゃんと柔らかい身体だ)
もしや記憶が戻ったので、あの機械の身体になるのかもと心配したのだ。
(ルクール‥‥伝えておきたい事があります)
直ぐ側にアイカが現れてそう告げる。
(どうしたの?)
ルクールはにっこりと笑って答える。
アイカにもルクールの嬉しい気持ちは伝わった。
それはソリッドボディに戻らなくてよかったという気持ちなのだが、アイカは少し安心する。
あたたかく柔らかい、いつものルクールの気配だったから。
(これはヴェスタからの伝言ですが、アイカとジュノも同じ気持ち‥‥おそらくユーリアもそう思っているはずです)
アイカは真剣な顔になって伝える。
(ルクールがいないとアルドゥナには帰れません。必ず一緒に連れて行くとヴェスタは誓いました)
ルクールはハッとする。
まだなにも伝えていないはずなのに、この姉たちには隠し事は出来ないのだなと。
(何が有ったのか教えてください‥‥アイカもルクールがいないのは‥イヤです)
すうとアイカの温度が下がり、しくしくと涙が溢れてくる。
(一緒にいたいの‥‥)
そういって身体が重なり合うと、アイカの気持ちが溢れてルクールを満たす。
どれほど淋しく感じたのかと、思い知らされる。
(アイカ‥‥)
抱き返すようにルクールも重なり合う。
嗅ぎ慣れたアイカの気配に、涙が滲む。
(わ、私もそばにいたいの‥‥居たいのよ‥‥)
くすんとルクールも涙が溢れてしまう。
(でも‥‥仕方ないんだよ‥‥ルクールは記憶を取り戻したの‥‥能力も戻った。今ならショップのデータだって好きなだけ手に入るんだよ)
(そんなの!‥‥いらないんだよぉ‥‥)
アイカはえーんと声を出して泣きだしてしまう。
(居るだけでいいの‥‥どこにもいかないでルクール‥‥)
それだけを伝えるにもずいぶんとかかってしまう。
アイカのあふれるほどの愛を受け取り、ルクールも涙が止まらない。
その温度が下がり、悲しみがあふれる。
今から言いたくないことを言わなければならないと、悲しみをこぼすのだ。
(ルクールは‥侵略者なんだよ‥‥‥ユーリアのお母さんを殺したのは‥私なんだ‥‥)
アイカはびくっとなって動きを止めた。
おそらくそうだろうと知っていた事だが、記憶があり、そうなのだと言い切られると意味が変わってしまう。
(直接そうしようと思ったわけではないけど、故郷からの指示通りにこの星を滅ぼすためにルクールは存在した‥‥それは事実なんだ)
アイカはそれ以上何も言えないが、それならばと、手繰り寄せる。
(来てください!大事な話があります!)
アイカにしてはめずらしく厳しい声で呼びつける。
それはルクールではなく、二人の腕の中にある心を呼び出した。
ぱぁっと二人の前にひかりが満ちる。
ぽんと音をたててユーリアがそこに現れた。
閉じられていたまぶたが、ぱちりと音を立てるように開き、スカイブルーの瞳が現れる。
この世界でのユーリアは、二人と同じ身長だ。
輝く金の瞳に、透き通る白い肌。
水色の瞳を持つ、美しい少女がそこに立っている。
(ルクール‥‥アイカにお願いして、ユーリアの話になるなら呼んでとお願いしていたの。少し前から聞いていたよ)
そっとアイカが何か言う前に抱きつくようにルクールに重なるユーリア。
(お父様が言っていたの‥‥お母様は寿命なんだよと‥‥仕方ない事だったのだと聞いていたの)
ユーリアの心にはさみしげな色があるが、ルクールに対しては温かないつもの温度を向ける。
(最初はね‥‥都合が良かったからルクールに甘えたのだと思う‥‥理由が有ったほうがお母様とお別れできたから‥‥ごめんねルクールのせいなんかじゃない)
すんと少しだけ泣くユーリア。
(そしてあたしもルクールと離れるのは嫌だよ‥‥今朝ルクールが降りてこなくてどれだけ悲しかったか‥‥)
きしりと音を立てるほどユーリアが冷たくなる。
頬を伝う涙を見ずとも泣いているのだとわかった。
(お願い‥‥どこにもいかないで‥‥)
それだけを伝えるとすっと離れて、アイカにうなずく。
邪魔しないようにすぐ戻していいとも話してあった。
(先におやすみユーリア)
アイカは優しくそういって包み込むように腕の中に収める。
(うん‥‥ルクールを行かせないでね‥‥)
(わかった)
にっこりと笑う気配に安心してユーリアは身体に戻った。
今頃ルクールを離すまいとしがみついているだろう。
(ルクールわかって‥‥もうあなたは家族なの。わたし達の大切な妹で‥‥ユーリアのたよる姉なのよ?)
ずきんと痛みを感じたようにうずくまるルクール。
(わ‥‥私も‥‥大切だよ‥‥大切なアイカ達をおうちに返してあげたい‥‥この‥‥この星はもうすぐ無くなってしまうの‥‥)
そうしてルクールはアイカに告げる。
包み隠さない本当の事を。
ルクールの話は少し長いものになった。
ヴィェラやルニーアについても話したかったので、遠回りしてしまう。
(そんな事が‥‥あのカラフルお友達にそんな由来があったとは)
そうして由来を聞くと、あの入口に座っていた二人も違うように見えてしまう。
(そうして私は全ての記憶と権能を譲渡して、ルニーアのそばにいると決めたの‥‥)
ルクールは核心に入る。
(この星の最後を決めたのは、私の故郷の人だと思う‥‥そして私の中に最後を表すコマンドが有ると言われているの)
それは遠すぎて自分の体験というよりも、記録を読んでいるだけだと感じるルクール。
GMとして構成されているルクールは必要と決められたことを忘れることはない。
アイカは直感する。
あの力なのだと。
(ルクールから強い魔力の湧出をずっと感じています‥‥記憶と権能を戻すことで戻った力なの?あの‥‥恐ろしい滅びの力も)
アイカはあのルクールの光を見て、背筋の凍るような恐怖を感じた。
確実な死を運ぶだろうあのカマキリ機械の大群よりも、ずっと恐ろしいと受け取ったのだ。
(あの力がヴィェラの求めた力で、この侵略を終わりにする力なんだよ‥‥そして私の持つこの記憶が嘘でないのなら‥‥それは私達に対する慈悲なんだ‥‥)
ルクール達純粋な機械から作られた人格は、とても長い時間を生きられる。
たとえ自死であっても、すぐに新しい身体で生き返ってしまう。
自分で終わりを決められない存在なのだ。
時間もルクール達には終わりを運んで来ない。
人間なら耐えられないほどの時間を過ごすことが出来てしまう。
そうして任務を終えた時必要になるだろうと、滅びのコマンドが与えられたのだと。
(このコマンドを使うという条件でヴィェラは私を帰してくれたの‥‥お別れを言わせてと‥‥)
アイカもそうだが、GM達も約束を破れない。
たとえ間違っていると後に分かっても、修正されない限りは決められたルールには逆らえない。
(ちがう‥‥ルクールは機械なんかじゃない‥‥わたし達の大事な妹だ‥‥)
アイカの反論にも力はない。
否定はできても、そうゆうものだとアイカも知っているから。
(修正すればいい‥‥それは誤っていると‥‥)
アイカのたどり着いた結論はそうなった。
(私もそうしたい‥‥)
ルクールの力ない答えは出来ないと同義だった。




