【第538話:すすめる呪文】
ルクールには進むべき場所がうっすらと解った。
昨日この施設に入ってきた時、あちこちで記憶がフラッシュバックしたのだ。
まだソリッド義体に入っていた自分が、何度もこの施設を行き来した記憶だ。
大体はあの観測装置に乗り、時には身体一つで飛んでいた。
(あの体は自由に空が飛べた‥‥時々星空を見るのが、好きだった‥‥)
まるで他人の記憶のように感じるが、確かに自分のことだとわかる。
「ここだ‥‥開けて」
ルクールが声に出せば、しゅんと扉が開く。
左側から降りる階段があり、螺旋を描いて下っている。
中央部分は吹き抜けで、直径は20m程だろうか。
長い階段でどんどんと地下に降りていく。
記憶の中のルクールは、この階段中央の吹き抜けを落ちるように移動していた。
半分ほどくるくると降りていくと、地面が見えてくる。
外や階段と同じ白銀の床だった。
あいかわらずどこが光っているのかわからないがとても明るい。
左回りにずっと回り続けて、たどり着いた先で、右側に1枚の扉。
近づくと今度は、しゅんと言葉に出すまでもなく開いた。
今までと正反対の暗い廊下が真っすぐに伸びている。
階段の部屋から入る明かりで手前側だけが見えるが、床も壁も天井までも黒い。
ドアの形に光で切り取られる様子は、閉めれば暗黒に包まれるだろうと容易に想像できた。
(この身体は光が少しでもあれば見渡せるけど‥‥ここではきっと見えない)
ルクールは入るのをためらった。
この身体には、根源的に真の闇を避けたい気持ちがある。
ルクールは直感とも言える感じ方をしてためらう。
ここを越えたら戻れない気がすると。
(わたしは‥‥どちらなのだろう?)
進まなければと急かす自分と、戻りたいよと泣きそうな自分。
矛盾する心がそこでせめぎ合って脚を止めていた。
進むでも、戻るでもなく。
コツコツコツ
暗闇の奥から甲高い靴音がする。
金属が石を打つ響きが反響してこだましていく。
反射的にルクールは振り返り逃げ出そうとした。
「止まれ」
静かに命令する言葉がルクールにかけられる。
びくっとなったが、止まらず下がってコンと壁に当たる。
「だ‥‥だれ?」
ルクールは怖いのを我慢して質問する。
怖いのが自分なのかもわからなくなってきた。
暗闇からきらりと金色の人影が進み出てくる。
透明でうっすらと緑に光るマントを打ち掛けた、黄金の鎧のような姿。
「おどろいた‥‥ルクールの顔をもつ‥‥人間型?お前どこでルクールを見たんだ?今までどこに‥‥いや‥‥なぜ優先コマンドに逆らい動ける?」
つぎつぎと言葉をかけられて、ルクールはもう何がなんだか分からず、ふるふるとただ首を振った。
ただ一つだけ告げたいと思った事があったので勇気を振り絞る。
それを隠したら、その名前を呼んでくれた皆に恥をかかせることになると感じた。
「わ、私の名前はルクール‥‥私はルクールだよ!」
一度言葉に出したら勇気が湧いて、きりっと瞳に力が宿り強く宣言できた。
この金色の冷たい目の女は、誰なんだろうと思いながら。
不審げな顔のヴィェラを見ながら。
アイカは高速でわずかに螺旋を描いて外へ進む。
式砲塔よりもこの機体のほうが速度が出て、小回りがきくから。
左肩から飛び立った式砲塔はアイカが魔力リンクで操り、拠点までの道を戻らせていた。
30分の飛行時間をフルに使えば、拠点までの道のりの1/4程度まで見れるはずと向かわせている。
徒歩ですすめる限度の距離だ。
それ以上は保護スーツだけでは凍りついてしまう。
ユーリアには右肩から飛んだ式砲塔を任せ、アイカと反対周りで螺旋を描いている。
こうして二人で回れば倍近い面積を確認できる。
「いないよ‥‥足跡もない‥‥」
一周回って出会ったところで一度スヴァータイスに着艦しエネルギーを充塡するユーリア。
地面からエネルギーを貰えるスヴァータイスと違い、飛行しているとどんどん消費する一方だ。
「これは外には来ていないかも‥‥ジュノとヴェスタを信じて調べ続けましょう」
「りょうかい‥‥」
短い打ち合わせの間にまた一周まわったので、そこで分かれてまた左右に進んだ。
次は半周後にまた会えるはずだ。
ジュノのスヴァータイスが円筒型の宇宙船内を登っていく。
「どんだけ積んでるのよ‥‥」
フロアをあがっても全く同じ作りの部屋が並ぶ。
ぎっしりと機体を積み込んでいた。
「るくーるぅ!!!おこらないから出てきなさい!」
短距離通信で呼びかけながら回る。
緊急用に設定している霊子通信なので、アイカでもなければ遮断できないチャンネルだ。
出力は絞って、フロアの隅までぎりぎりとどく声量だ。
(ルクール‥‥もっと早く声をかけていれば‥‥)
悩んでいるのだと読み取っていたのに、時間を置いた自分を責める。
監視しているぞと心に命じても、その視線には自然に姉としての気持ちがこもる。
大切な家族なのだと感じる。
(本当の‥かぞくなんだ‥‥)
血のつながったあの偽物ではなく、と言葉にできない気持ちをジュノはかかえる。
48フロア上がって、変化が現れた。
「‥‥なるほど」
ジュノには納得感が有る。
定期打ち上げの日まであと10日ほどある。
登ってきた距離を考えると、おそらく今の時点で格納庫を半分埋めているのだろう。
「この上はないかな‥‥」
もともとこの方向には来ないだろうとも予想はしていた。
しゅるんとリニアを輝かせ、生き物のように滑らかな挙動でスヴァータイスが駆け戻る。
(おそらく地下だ‥‥)
この機体達を作っているスペースを想像すれば、地下には莫大なスペースがあるのだろうとも予測できた。
外から入ってきてドーナツ型と想像できる建物の中央に打ち上げ場を見つけた。
この打上場に入ってくる扉は3方にあった。
宇宙船の下で隅々しらべたヴェスタがそう判断する。
南と東西に扉が有り、北にはない。
その北にあるならここだろう場所にヴェスタは来ていた。
「あった‥‥足跡だ」
今の外装はアイカがこの星で作ったもので、Sセクターに入ってからは機体にも採用したリニアモーターを搭載している。
水平方向の移動では足跡を残さない。
ここで一度降りて何かをした。
「一旦報告しよう‥‥」
そうして短距離通信の出力を上げて、ジュノとアイカを呼び出した。
「間違いありません」
アイカが自分の外装の脚を地につけてみて、残っていた足跡とくらべた。
ルクールの装備は色違いだが、完全にアイカのコピーなので、同じ足跡になる。
ルニーアのは少しだけ小さい相似形だ。
若干深い足跡はルクールの方が少しだけ重いのだと、アイカは関係ないことを考えてしまう。
そうでもしないと落ち着けないのだった。
「扉があるのだと思うの」
ヴェスタも白い壁を調べてみたが、継ぎ目一つ無い。
「なんだかあのラウメン遺跡をおもいだすね」
にっこりとジュノが言う。
ヴェスタは別のものを思い出していた。
あのシャフトを登っている途中の部屋で見たメンテナンスハッチだ。
髪の毛ほども隙間のない精度で穴が空いたのだ。
つやつやの壁に同じ技術を感じていた。
ちらとユーリアをみるヴェスタ。
あの時はユーリアが操作パネルを見つけてくれたなと思い出していた。
ユーリアもヴェスタを見ていたので、視線が合い不思議そうにする。
「ユーリア‥‥何か感じない?あのホテルの部屋でもパネルを見つけてくれたじゃない‥‥」
すがるようにユーリアを見るヴェスタ。
うーんとあちこち撫で回してみるユーリア。
「が、がんばるぅ」
必死になってぽかぽかと壁を叩いて回るユーリア。
「開いて!‥‥OTEVŘENO!」
しゅるん
「ふわぁん!!」
ころんと壁の中に倒れるユーリア。
必死になっているうちに母国語が出てしまい、その声に反応して壁が凹んで収納された。
『でかした!!』
わっと3人でユーリアを褒め、追いかけた。
ついに進めたと、喜び合うのだった。




