【第535話:みちびきの星】
そもそもおかしいと思っていたことがアイカにはあった。
この星の重力についてだ。
アークのダイニングで今日は打ち合わせていた。
本体の機密区画が小さくなったので、贅沢に広げていたリビングとダイニングは収納してしまった。
少し狭くなったダイニングで、ジュノのお茶を嗜みながらアイカは気になった部分を説く。
この星は色々と設定がおかしいのももちろんあるのだが、重力だけにある不思議があった。
「スパイラルアークⅡで観測している重力と、こちらの観測データに誤差があったのです」
最初にデータをやり取りした時に、重力だけ双方のデータに食い違いがあった。
「気圧や大気組成はピタリと揃ったのに、こちらが2.4Gと認識している重力、あっ正確な値は2.4012Gです。あちらからは2.4114Gと報告がありました」
1/100Gの違いは数値としてはわかるが、初期のアイカは計測誤差としか認識していなかった。
「ちょっと気になったので、最近何度か計り直したのです」
アイカの真剣な声にジュノも答える。
「あ、何度かわたしも測った事あったね‥‥」
「私にも聞いて来たね」
ジュノとヴェスタが顔を見合わせる。
互いに初耳だったから。
「そうなのです‥‥ルクールとユーリアにも測ってもらいました。同じ設計の別の個体のセンサーでも試しています」
どういう意味?とユーリアとルクールが同じ動きでこてんと首を捻った。
その姿がかわいいなと微笑みながらアイカは続ける。
「実は何度計り直しても、センサーを変えてもアイカの測った値は同じでした。小数点4桁までピタリと揃っています」
それが個々の報告では違うのだという。
1/1万の値が全員違う。
アイカとジュノは同じ値。
ユーリアは毎回ぴたりと1/1万多く、ヴェスタは2/1万多い。
ルクールは小数点4桁目が1少ないのだという。
「スパイラルアークⅡで測ってよこすデータも、毎回同じ誤差で1/100ちょっと違うのです」
アイカは結論にやっと至れる。
説明するのも難しかったのだ。
この違和感を。
「先日おかしいと思いデータを拠点に置いてきました。さっき話した誤差の件です。データをきっちり添えて残したので、マナミあたりがあちらのデータも調べるでしょう」
眉根をよせ、だからなんなのよといった顔をするジュノ。
「このズレが、そのまま世界とのズレではないかと予想したのです」
ジュノとヴェスタに理解の光が灯る。
「認識のズレが大きくなっていけば‥‥位相も変わって遠のく‥‥」
ヴェスタはアイカの伝えたいことを正確に受け取った。
「初期の観測位置も微妙な差を生んだのだと思います」
最初の観測点の距離がそのまま差として出る。
ヴェスタとユーリアの差は、地下で知った知識の理解度が出ているのではないかとアイカは推論した。
アイカ達と2/10000の値として、差が出る認識の違いがあると。
「おそらく気配の遠のいたマナミ達が、計り直してくる数字は以前より差が開いているのだと思います。もしかしたらわたし達5人の中でも数値は変わっているかも知れない‥‥その差が一定以上離れると‥‥」
ぞくっとジュノとヴェスタは顔色を変えた。
手をつなぎ合うジュノとヴェスタがぎゅっと力を入れる。
この手が感じられなくなったらと恐れたのだ。
同じ様にやっと理解したユーリアとルクールが、青い顔でアイカに抱きつく。
「大丈夫です、同じ観測を日々過ごせば、差は開かないのだと予想しています。おそらくこの5人の数値はもっと細かく計測できれば近づいているはずです。同じ日々を過ごしたから」
それがアイカのこの世界に対する認識の差で、位相のずれとなっているという説だった。
感じ取った世界にズレがあったのだと。
ルクールがひらめいたように質問する。
「じゃあ、この理屈がわかって共有できたら?」
アイカの声が柔らかくなる。
「重力は空間そのものの歪み‥‥観測のズレ=空間のズレとも言えます」
そこでアイカが重力センサーを持ち出す。
「試してみたかったのはそこです」
にっこりと笑うアイカは、最終実験ですといって現在の重力を5人で計り直した。
センサーの値を申告しあい、数値を比べたジュノとヴェスタはしっかりと抱き合い喜ぶ。
1/10000までぴたりと同じ数字を出したから。
ルクールとユーリアも同じ数値にそろい笑顔になる。
アイカも同じ計測結果をだした。
「これで証明されました!」
アイカはニッコリと笑い、ルクールとユーリアを抱きしめた。
もう大丈夫なんだよと。
同じ説明をマナミにしてあるから、あちらで共有すればもっと双方の数字は近づくと予想した。
「そもそもの最初にこの星を認識した時点のズレがあったのです。観測する度にその差は開きわたし達は離れていった‥‥理屈が解らないままに」
今その仕組みが明かされたのだと、アイカは柔らかく笑い、涙をにじませる。
アイ達と再会出来る未来を信じられたから。
いろいろな物も整理して、メックヤードの中身も精査した。
あちらの世界に戻った時、作動しない可能性を考え、必要かもしれないものからアークの格納庫に移していった。
スパイラルアークの第一格納庫は相変わらず不調だが、動かないわけではないので、しばらく使いそうもないものを優先して詰め込む。
第二にはすぐ欲しいものを詰め込み、避難していた羊を戻すと夜になっていた。
「この中にいると時間と外の様子が解らないですね‥‥式を一つ外に出してみます」
そう言ってアイカは夜のうちにジュノの使った脱出装置の予備機に式を積み、外まで戻した。
魔力リンクで操作しながらも、アイカは普通に生活する。
ご飯の片付けをしながら固まるアイカ。
「‥‥こ、これを‥‥見てください」
アイカがふるふると震えながらARで、天井に外の画像を大きく出した。
式が見上げた空の映像だ。
「わぁ‥‥」
「すごい」
ユーリアは嬉しそうに両手を胸に抱き、ルクールは言葉も出ず静かに見つめた。
ジュノやヴェスタでさえ驚きから、吐息と言葉を漏らす。
天気は晴天なのだろう外は星空が見えていた。
「宇宙がある‥‥」
ジュノの声も震える。
「あぁ‥‥あれは天の川??」
冷え切って風のない屋外は、吸い込まれるほどの密度で星が見えて、中点を横切る星々の大河が見える。
この星系が銀河系の外縁に近い場所なのだと、そのバルジの厚みから読み取るアイカ。
「しっかりと調べれば、座標も特定できる可能性があります‥‥時間はかかりますが」
アイカが震えているのは、この星は銀河系にないのではないかとも疑っていたから。
いくつか汎銀河連邦でも灯台のようにつかうパルサーが観測された。
その位置関係でおおよそのエリアもわかるというのだ。
さすらう旅人がもっとも欲しいもの。
帰路への導を見出し、3人の目に涙が浮かんだ。
帰れるのだと、やっと実感することが出来たのだった。




