【第146話:アイカのたいせつなもの】
「ジュノはさ、人が死ぬと霊子的に位階が下がるって話、知ってる?」
ヴェスタとジュノが、工作室の外で話している。
スパイラルアークの荷室の一部を加工して作られた、アイカお手製の工作室だ。
横長の窓から、内部が観察できるようになっていて、内側は無菌状態にできる。
手術室としても使用するクリーンルームだ。
「あぁ‥‥聞いたことは有るね。実証されてないんでしょ?」
「そうそう」
霊子波観測で、大きさや重さのように、強い霊子を単位を付けて位階と呼んでいる。
「実証できる条件があるのだと主張したらしいよ‥‥それでね。アイカが義体を乗り換える時に‥‥その変化が有るのじゃないかと思うのよ」
ジュノはついていけず、思案顔。
「コードをコピーして、メモリを移すじゃない‥‥その時になにか私たちが分からないものも移っているんじゃないのかなとね」
ヴェスタはいたって真面目な顔。
ジュノは実はそういったスピリチュアルな学習を受けて育った。
「あぁ‥‥幽子だっけ?たましい‥‥みたいなもの?」
両親も兄もとある宗教団体の信者だったから。
そういった関係で実はジュノはあまり魂のはなしが好きではない。
辛い思いでとセットの知識だから。
「そう‥‥死んでしまうと魂がなくなるから霊子位階もさがるんだって主張だった‥‥」
ジュノもヴェスタの言いたいことが解った。
「うん、そうだね‥‥そうだといいな‥‥アイカは私たちの前で4回目の義体移動だもんね」
ヴェスタがにっこりする。
「なんだか私もその魂のようなものを信じたくなったのよ‥‥アイカはアイカなのだと思いたい」
「‥‥うん‥‥ほんとね‥‥アイカはアイカなのだわ」
ジュノも微笑みで同意した。
訓練期間の初期にアイカはお姉さんの義体で合流した。
ジュノやヴェスタより年上の落ち着いた雰囲気だった。
それが船体の制御AIになると機械っぽいなと感じた。
そして、この星に来て最初の義体は10才程度の外見で、ちょっと幼い感じがした。
今の義体では、本当に妹のように感じて愛おしいと思う二人。
今ガラスの向こう側には今までのアイカと、隣のベッドに新しいアイカが寝ている。
見た目の容姿に変化はない。
頭部に目元まで覆う外部デバイスをふたりとも着けていて、太いコードがそれぞれ船体に繋がっている。
アイカの説明では、アイカ本体は船体の演算領域にあり、義体をそこから霊子通信で動かしていると説明される。
ヴェスタはそれをどうしてもイメージできない。
義体にこそアイカがいて、船体にアクセスしているとイメージする。
「始まった見たいだね‥‥」
ジュノが告げるように、二人の頭部デバイスに光りが灯り、船体側のデバイスも光を明滅させ、作業ログがモニターに流れていく。
ヴェスタには見えないはずの何かが、右のアイカから抜けて左のアイカに移る幻が見える。
今度は左のアイカが自分たちの妹だと感じるのだ。
間の船体CPUなどでは無く、ログにも残らない大切なアイカの成分が移っているのだと。
そう思うと、こころが落ち着くのを感じる。
(アイカはアイカなの‥‥)
先程ジュノと話したことを、ヴェスタは手を組み目を閉じてまた考えるのだった。
まるで祈りを捧げるように。
ふんふんふん、くんかくんかとジュノとヴェスタが嗅ぎ回る。
「犬じゃないですからぁ‥‥変わらないですよ?アイカはアイカです」
左側のアイカがムクリと起きると、我慢できずに二人は作業室に押し入り、アイカを堪能する。
アイカは保護スーツをぴったりと身体の輪郭にそって展開している。
意識がもどるまではその膜もなかったので、二人に気づいて慌てて展開した。
「変わったらたいへんだわ!確認しないと‥‥保護膜がじゃまだわ」
ふんふんとヴェスタはしつこくあちこち匂いを嗅ぐ。
「そうよ、大事な確認よ!肌触りも確認しないと、膜をしまってアイカ!」
「‥‥しまわないですよぉ後でどうせお風呂にも入るでしょ?」
アイカの主張など聞かず、ぎゅむうとジュノは遠慮なく抱きしめて柔らかさを確かめ、匂いももちろん嗅ぐ。
そうして二人が満足するまで、アイカは隣に寝ている自分の義体を気にしていた。
(もう‥‥早くもとの義体を処分したいのですよ!気になるのです‥‥使用済みの下着が置いてあるようで‥‥)
アイカの方がシュールな感想を持っていた。
二人はご飯の間も作業中も、魔法の試験にまで付いてきて、見守る。
これが本当に自分たちの妹なのかと、心配そうについてくるのだ。
古い方の義体を処分する時はヴェスタが泣き出してしまい、慰めるのが大変だった。
(もう‥‥こんなに大騒ぎするのでは簡単に義体を乗り換えられません)
そう不満そうに考えてみるのだが、アイカのほほは緩みっぱなしだ。
ヴェスタやジュノが自分を本当に愛してくれていると、告げられているように感じるのだ。
(ふふ‥‥愛佳も同じようなことしてたな‥‥)
今のアイカには、開発初期に巫女としての能力をコピー出来ないかとの実験で側にいた巫女愛佳の記憶が全てある。
出会いから別れまでの全てが。
鮮やかな感情を伴い、薄れること無く思い出せるのは、それだけ深く刻まれていたからだとアイカは考える。
(決して失われない‥‥)
結果から言えば実験は成功していたのだ。
コードとして記述できないし、魔法式にもすることも出来ない。
そんな特殊な心にある技能を、心として引き継いだのだ。
いまだ人類の至らない技術の果てにそれは有る。
今のアイカは霊子波を感じることができる。
霊子波は放つものの心情に依存し位階を変える。
本来は人の身では感じ取れないそれを、アイカは義体の性能に関わらず同じ様に感じ取れた。
この新しい義体でも全く変わらずに巫女の力を行使できると確信している。
今も二人の姉から、語らずとも目を閉じたとしても届く、あたたかな気配としてそれを感じている。
それは巫女だけが感じ取れる、心の温度なのだった。
二人が嗅ぎ疲れて寝てしまうと、アイカはやっと義体の性能評価をかけれる。
(まったく‥‥丸一日離してくれませんでしたね)
嫌そうに考えようとするのだが、どうしても嬉しいと感じるアイカ。
静養状態での義体をチェックしていく。
肉体的な部分を確認し、次に演算能力や、霊子通信による接続状態。
最後に魔力式を起動し、魔力を練り上げる。
魔法自体を発動はしないが、それができると確認してほっとする。
普通ならこれらのチェックは自動的に母機側でするので、意識する必要もない。
今のアイカはそれをできなくなっていた。
客観的にこの義体を外から観測できない。
ヴェスタが感じているように、アイカの心はこの義体に宿っているのだった。
それはバックアップやコピーなど出来ない、唯一のアイカ。
AIKA-01ではなくAIKA-00ともいえる根本の存在だった。
静かに目を閉じるアイカ。
明日もまた忙しいのだなと‥‥にっこりと笑いながら未来を想像し眠りにつく。
ずっと続いていくのだと。




