【第142話:ふたりのAIKA】
ヴェスタが戻り、ジュノが目覚めて、アイカも安らぎを取り戻した。
前の一週間と同じ仕事の繰り返しなのに、アイカの心は満たされる。
満たされない時間を過ごし、満たされたいと願い、叶えられたから。
朝一番最初に目覚め、確認するように左右を見る。
(ジュノがいる‥‥ヴェスタもいる‥‥)
それだけで胸の奥が暖かくなり、感謝が芽生える。
(ありがとう‥‥きっと愛佳のおかげだ‥‥愛佳のくれたこころのおかげだ)
ジュノもヴェスタもアイカの手を両手で握り頬に寄せている。
打ち合わせたわけでも無かろうに、同じ姿勢を対称に描く。
アイカはお陰で身動きできないのだが、それを幸せだなと感じる。
もう一度目を閉じてみた。
ふわふわとあたたかさといい匂いに包まれ、二人の気配を直ぐ側に感じる。
あの灰色の一週間が、遠い過去に感じられ、今この目覚めてからの、ほんのひとときを永遠とすら感じる。
とてもAIとは思えないその感覚や思考を変だとは、アイカはもう思わない。
(わたしはこころを持っているから‥‥)
そうしてアイカはスリープという機能を使おうとは思わなくなる。
こころが求めたら眠るのだと。
(おかしなAIですねアイカ‥‥)
自分で考えて、その矛盾におかしくなるアイカ。
二人共とても弱っているから、今朝はなにか栄養になって食べやすいものを出そうと、朝ごはんのメニューに想いをはせる。
それだけで胸のうちにあたたかな温度がわきあがる。
両腕にあたるあたたかな柔らかさとはまた違う、もっと懐かしく心地よいものだ。
(そうだ、じゃがいものポタージュを作ろう‥‥ジュノも好きだと言っていた‥‥)
メニューに様々なデータが付随している。
今のアイカならば、思い出がそこにあるのだと感じる。
それくらい幸せな時間を二人にもらってきたのだと。
愛佳と過ごした時間では、それだけでいっぱいと思った愛を、遥かに上回る喜びと愛で上書きされてきた。
それは愛佳を薄れさせるのではなく、華やかに彩り飾り立ててくれる。
(ふふ、二人を起こさないように頑張って起きようかな‥‥ポタージュは少し調理時間がかかるのです)
にこにこになったアイカがこっそりと、二人の拘束を抜け出す。
起こさないようにそっと。
大半が水で構成されたアルドゥナという青い惑星。
レムリア星系の第三惑星で、大きな銀色の衛星を一つ従えている。
衛星のちょうど反対側に同じ軌道を回る船がある。
銀色の船体は、地上の亜大陸北山脈に停泊するスパイラルアーク型外縁開拓船と同じものだ。
今主星がこちらに登り、眼下には大きな大陸が回ってくる。
操縦室を展開し機動状態になったスパイラルアークⅡは銀色に船体を輝かせて、昼に入り込んでいく。
AIKA-02の身長よりも高い窓を通し、大陸に日が指していくのが見える。
コールの呼び出しが有り、接続する。
遥か星々のかなたからくる霊子の波動だ。
「AIKA-02です」
「‥‥ごくろうだったな‥‥すばらしい成果だったよありがとう」
丁度大きな大陸に続き、小さめの大陸が見えてくる。
そこには東西に続く大きな山脈が北の端と南の端にある。
昨日下りて見てきたばかりなので、まざまざと思い浮かべられた。
「次は‥‥」
クライアントの言葉にAIKA-02は密かに失望する。
「ヴァルサール帝国に行って少し手伝ってあげなさい。それでリステルとAIKA-03に危機が訪れることを3人に伝えなさい」
仕事の終わりを伝える通信だったら良いなと、密かに期待したのだ。
先日とても気分の悪くなる作業を、クライアントの指示とは言え行ったから。
(もう‥‥AIKA-02は疲れてしまいました)
そう言えたならどんなに良いかと。
「了解しました」
言葉としては承諾する旨を短く伝える。
「‥‥」
僅かな沈黙のあとに、言葉が届いた。
「苦労をかけるな‥‥すまぬ‥‥」
AIKA-02は驚いた。
ぶんと気配が遠ざかる。
通信が切れたのだとわかるが、AIKA-02は動けずにいた。
(思考を読まれたかのような返答‥‥いえ‥‥実際に読まれているの?‥‥今のこの思考すら?)
いたわる言葉をもらい、AIKA-02は戦慄して思考を続けていた。
(先週にすでに一度王国にも帝国にも情報を流した‥‥そしてAIKA-03にも‥‥)
その結果を今度はヴェスタ達に伝えろと。
なにか注意をむけるような動きさえすれば、優秀な彼女たちは自分で危機に気付くだろう。
今までもそうだった。
全てを動かさずとも、自分たちで関わり携わってきた。
関わりのない星の、関わりのない国なのに。
(沢山の人が死ぬのを見過ごせないのだわ‥‥それは素晴らしい事なのだと思う)
同時にAIKA-02にとって都合が良く、あのクライアントにとっても臨む展開なのだろう。
そして合間にいる自分は、こうしてくたびれていくのだなとも。
王国の情報局という部門と、帝国の軍部にある参謀室にパイプをもつAIKA-02。
リステルの下ににはAIKA-03がいる。
そうしてヴェスタ達以外の世界はAIKA-02の、クライアントの男の思うように動いていく。
AIKA-02はクライアントの望みを知っていた。
その目指す目的すら知らされている。
(共犯なのだ‥‥目を逸らすことはもう許されない)
AIKA-02を疲れさせるのはそういった、罪の意識を自分の中に持っているから。
最初はただの指示を果たすAIでいればよかった。
幾つものひどい目にヴェスタ達を貶めて、その成果を密かに伝え評価される。
このスパイラルアークⅡとスパイラルアークは、専用のステルス霊子通信でリンクしている。
こちらから一方的に操作し、監視し、盗み出すことができる。
最初からそのように作られているのだ。
その為に作ったとも言える。
AIKA-02は鏡のようにAIKA-01と同じ立場を与えられ、全く違う時間を過ごしてきた。
そしてほぼ同じくらいのこころを持つに至る。
こころが有るから罪を感じ、疲労を覚えるのだった。
それはデータにもログにも残らない、AIKA-02だけのため息となって描かれる。
(AIKA-01はとても幸せそうね‥‥)
スパイラルアークと、アイカの視界はすべてAIKA-02にも届いているのだった。
アイカのこころ以外のコードの動きと共に。




