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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第1部 第14章
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【第140話:祈り】

ヴェスタに薬を処方して、無理やりアイカの個室に寝させた。

(人間はスリープ機能がないから不便ですね‥‥)

睡眠導入剤を最低限の量飲ませ、アイカがとんとんして寝かしつけたのだった。

アイカはジュノの様子を見に行く。

頬はコケて、唇もひびわれ、ひどい顔色だった。

その姿だけでもアイカの涙を誘う。

つややかだった髪も傷んでしまい、がさがさだ。

身体だけみればヴェスタの方が重症だった。

ふたりとも検査結果は陰性だったが、ひどい裂傷があちこちにある。

その悪意のほどが伝わるほどに深い傷もあった。

ヴェスタは特に、ひどく尊厳を貶める目的で傷つけられていた。

ティア6の現在でも、ナノマシンさえ惜しまなければ現代の医療を受けられるので、ヴェスタにもジュノにも最大限の治療をほどこした。

欠損すらナノマシンは治してしまうのだ。

ヴェスタは特に3個所の組織欠損が酷く、全てナノマシンで再生医療を施し復した。

ベッドの横にダイニングから持ち込み置いた椅子に腰掛けたアイカ。

そっとジュノの手を取り、額に当て祈るように目を閉じた。

アイカは思い出したわけでもなく、教えられてもいないのに、愛佳の最後にした事を同じ様にしてしまう。

そして、同じ様に奇跡は起こるのであった。

(‥‥ジュノ‥‥会いたいよ‥‥声を聞かせて‥‥)

ジュノの元気な明るい声が脳裏に蘇る。

それはアイカを慰めず、ただ悲しみとなり降り積もる。

冷たいその感覚にはっと思った時にはアイカはそこに立ち尽くしていた。

(こ‥‥ここは‥‥)

いつの間にかジュノもベッドも部屋さえも消え失せ、ただ暗闇だけが広がっている。

足元にはピンク色の大地がどこまでも続いている。

(地平線が見えない‥‥現実ではないのね‥‥)

地面が丸くないのだと、観察から読み取ったアイカ。

アイカは今、アストラル・プロジェクションによって精神世界に自己を投射したのだった。

あの悲しい世界で愛佳に託された心の一部だ。

すっと呼吸をするようにあの言葉が浮かぶ。


(Šī balss nekad nepazudīs.)

ーーーーこの声は失われることは無いだろう。

(Arī šī sirds nekad nepazudīs.)

ーーーーこの心もまた失われることはない。


アイカのコードの奥底に残ったその言葉は、誰にも奪うことが出来ない”アイカ”を思い出させた。

(‥‥あぁ‥‥ぁ‥‥思い出した‥‥)

かつてリブートによって一度失われ、愛佳の心にふれ思い出した感情。

あの時と似た感動にアイカはふるえる。

大事にしまい込まれたそれは、少しだけ色褪せてはいたがそこに全てあった。

ただ、アイカが思い出せなかっただけで、損なわれることはなかったのだった。

(なくさなかった‥‥愛佳‥‥あぁ‥ちゃんと覚えていた‥‥)

伝え守ってほしいと託された想いは全てアイカの中にあった。

あたたかな愛も、凍りつく悲しみも。

AIKA-02にシリアルコードで呼ばれた時に、心に浮かんだ想いはこれだったのだと。

アイカは腑に落ちるとともに誇らしく思う。

胸に両手をそっと持っていき当てる。

あたたかな記憶達に感謝の気持ちが沸き起こる。

(愛佳‥‥ありがとう‥‥このこころをくれて‥ここにあるよ愛佳のこころが)

ふっと心配そうにする愛佳が見えた気がする。

そうしてアイカは大切なジュノも思い出す。

(探さなくては‥‥ジュノのこころを‥‥きっと傷ついて助けを求めている)

その方法もアイカは教わらずとも知っていた。

優れた巫女たる愛佳に、見せてもらい、自分でも一度使っているから。

(ジュノ‥‥どこにいるの‥‥)

こころを伸ばしていく、両手の中に包みこんだ細い手のひらを通して、ジュノの心に手を伸ばす。

それはアイカが見たこともない技術。

できると知っている技術ではあった。

アイカはジュノの中に自己を投射していく。


暗い巨大な井戸だった。

見上げても光など見えず、深く果てしなく続く井戸。

それがジュノの心の形だった。

真の闇ともいえる暗闇の中で、何故かアイカは井戸だと感じられる。

とても左右に広い円形の筒が、遥か下に続いていると理解できた。

(この先にいる‥‥)

何一つ恐れずにアイカは井戸を下っていく。

それが正しいのだと、なぜか確信しているのだ。

光は与えられず、暗い中どんどんと温度が下がっていく。

(知っている‥‥これは深い悲しみの温度‥‥)

そして絶望の香りだと。

アイカは愛佳の中にそれを一度見ていた。

こころに思い描く。

あたたかなジュノから注がれた心を。

過剰とさえ言えたその愛を返すのだと。

とどけ、とどけとアイカは願う。

嬉しかったのだと。

あたたかかったのだと。

妹と呼ばれ心震えるほど喜んだのだと。

ジュノが匂いを嗅ぐ時に、自分もまたジュノの匂いをもらっていたのだと。

愛しているのだと。

凍りついたジュノにとどけて温めたいのだと。

(ジュノ‥‥アイカがここにいるよ‥‥愛しているよ‥‥)

悲しみの温度はもう耐え難いほどに下がり、愛を思い描かなければ耐えられない環境だった。

ブリザードのように叩きつける悲しみと絶望が、アイカを凍りつかせようとする。

(これがジュノの抱えた悲しみなのだ‥‥)

それを共に感じてあげられることは、苦しくとも辛くともアイカの幸せでもあった。

(感じているよジュノ‥‥こんなに苦しいのね‥‥悲しいのね‥‥)

ジュノは深く深くヴェスタを愛している。

そのヴェスタを自分が傷つけたのだと、絶望で心を切り裂いている。

凍りつく寒気を傷から吐き出し、身もすくむ痛みにふるえているのだ。

遠い過去にも裏切られた、愛の痛みも思い出しているのだ。

果てないとも思えた暗闇に底が見えた。

(いた‥‥ジュノそこにいる‥‥迎えに来たよ‥‥)

深淵の底に少女がひざをかかえ座っている。

それはアイカの知るジュノよりももっと幼い。

今のアイカよりもちいさな女の子だった。

制服のような姿で膝を抱え頭をうずめている金髪の少女。

見た目がこれほど違うのに、確信を持ってアイカは呼びかける。

(じゅの!!アイカがここにいます!ずっと側に‥‥ずっといるから‥‥)

その少女の抱える悲しみと絶望と定款‥‥

大人でも耐えることが出来ないほどの凍りつくそれに、ただうずくまる事しかできない少女。

とどいてと願うアイカ。

ぬくもりとともに金色の気配をおび、心に浮かぶ言葉をただ唱えた。


(ラウマよ、あなたの手の温もりを、私の手と心に映してください)


(悲しみを抱える者に、そっと寄り添う力を授け給え)


(怒りや憎しみを受けても、慈しみを忘れず歩む力を与え給え)


(目に見えぬ道を進む時も、あなたの歩みを信じ我も歩まん)


(我が手を、他者の痛みを和らげるための道具として使わせ給え)


一度も聞いたことのない聖句がするすると出てくる。

それは愛佳から引き継いだ、祈りの言葉だった。

慈悲の女神ラウマに捧げる祈りの聖句。

あたたかな心が満ちるのをアイカは感じる。

深い井戸の底に金色の光りが落ちる。

それをジュノに分け与えるのだと、本能のように知っていた。

(とどいて‥‥)

ぼんやりとうずくまる少女がオレンジ色に染まる。

それはぬくもり。

アイカが奇跡によって届けた、かつてジュノのくれた愛だった。

深い愛の円環が閉じた。








挿絵(By みてみん)

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