【第139話:自責と自己否定の果て】
VTOL機で二人を拠点に連れ帰ったアイカ。
ジュノは目覚めず、ずっとヴェスタに抱かれている。
機内でヴェスタから聞いた話によると、ジュノは3日前から一度も目覚めていないという。
とてもショックな事があったのだとだけ、ヴェスタはアイカに伝えた。
ヴェスタは最初にお風呂に入りたいと言うので、ご飯を作ってあげることにしたアイカ。
意識の戻らないジュノを連れてお風呂に入るヴェスタ。
ヴェスタも痩せてしまっていて、とても弱っているのだとアイカは思う。
(なにか優しいものを食べさせてあげたいな)
アイカは自分用にピックアップして保存してある大量のレシピから選択する。
ヴェスタが前に好きだと言ってくれた鶏肉のホワイトシチューにしようとテキパキ仕込む。
短時間で作りたいので、根菜も鶏肉も小さく切ることにした。
ことこと材料を煮ながら、別でホワイトソースを作る。
この拠点には羊がいて、毎朝決まった時間に搾乳しているので、ミルクと乳製品は充実している。
ミルクとバターに小麦粉。
全部ヴェスタの好きなものなので、喜んでもらえるかなと丁寧に作った。
時短レシピで作ったので、ちょっと忙しかったが20分ほどで火を絞りことことするところまで行き、声をかけに言った。
そっと驚かさないように静かにお風呂に向かうと、脱衣所の扉から嗚咽が聞こえてくる。
ヴェスタの声だ。
大きな声にならないようにと堪えているのが解った。
言葉はないし、機内でも言わなかったが辛いことがあったのだと、改めてアイカもショックを受ける。
静かにダイニングに戻り、ぼーっと座っているとしばらくして気配があった。
この部屋は脱衣所の隣にあるので、ドアの開けしめを感じられる。
アイカは忘れていた鍋を見に行くと、焦げる寸前まで煮詰まっていた。
少しミルクを足して伸ばし、味をみるとなかなか濃厚な味だった。
そっと火を止めてパンを焼いているとヴェスタがダイニングに来る。
「ヴェスタ‥‥ご飯たべられるかな?シチューを作ったの」
ヴェスタは顔色が悪かったが、ニコと少し笑いうなずいてくれた。
(この不器用な笑顔はわたしのために作ってくれた笑顔だ‥‥)
そう思った瞬間にじわと涙がでそうになり、あわてて背を向けた。
ヴェスタがアヤンタ王国で仕入れてきた食器セットがあった。
白磁器で、緑色の上品なラインアートが入ったセットだ。
全て3つずつ買ったヴェスタの気持ちも心に刺さるアイカ。
(幸せだったのに‥‥3人で幸せだった‥‥)
そこからスープ皿とパンプレートを借りて、ヴェスタの分だけよそう。
パンは昨日のうちに仕込んでおいた生地で、なかなかふんわり焼けたと思う。
シチューもミルクと野菜が濃厚だが、お肉があまり主張しないヴェスタの好みに仕上がった。
そっと配膳し、向かい側に座るアイカ。
「‥‥アイカはたべないの?」
ヴェスタが心配そうに見るので、やっと自分の分をよそっていないと気付いた。
「えへへ、忘れてた‥‥たべてて」
そう言って立ち上がりキッチンに向かう。
手をもう一度洗い、タオルで拭くふりをして、涙も吸わせる。
(だめだ‥‥わたしが泣いてどうするの‥‥辛いのはヴェスタやジュノなの)
そう自分に言い聞かせるのだが、一度ふきだすと止まってくれない。
ちょっと不自然に長い手拭きを終えて、自分の分のパンとシチューもよそった。
ヴェスタは少しづつ食べてくれて、一人前を平らげた。
「美味しかったわアイカ。ありがとう、ごちそうさま」
そう言ってまたぎこちない笑みを浮かべるヴェスタ。
アイカは痛ましくてまた涙が出そうになるが、なんとかこらえた。
アイカのそんな態度に気付いてかどうか、表情を消したヴェスタは話し始めた。
拐われてから、戻るまでの経緯を簡単に、淡々と。
ストレートな表現はなかったし、アイカもあまり詳しくないので具体的なダメージは解らないが、ジュノが目覚めないのはそのせいだと思うと話しをまとめた。
ヴェスタはジュノのことを話すときだけ辛そうにする。
自分のことはただ事実を淡々と話すだけで、痛みを感じさせない。
ヴェスタが弱っているのはジュノが心配だからなのだとアイカには解った。
「さっき部屋に寝かせてきたけど、点滴が必要だと思う。たしかアークにあったよね?」
栄養もだが、なにより水分を取らせないとまずいと二人の意見は一致した。
ヴェスタにはアイカの部屋で休むように勧めたが、今は眠くないと遠慮された。
そうして二人でジュノの看護を整え、ダイニングに戻る。
ヴェスタは考え込んでからアイカに相談した。
「どうしたら良いのかな?精神科関連の知識が私には無いの‥‥アイカ調べられるかな?」
もちろんとっくに調べてあったので、すらすらと答える。
「バイタルサインは衰弱、アセスメントは正常に近い。薬物反応もさっき調べた中では異常はなかった。経緯から想像すればPTSD( 心的外傷後ストレス障害)によるのではと思われます‥‥」
診断モジュールの出した答えをそのまま話した。
ぐっとヴェスタは息を飲む。
唇をかみしめて何かに耐えるようにして細かく震えている。
「‥‥経緯から所見になりますが、自己否定と罪悪感から来る自閉行動の一つではないかと思われます」
話していてひどすぎる内容に涙がこぼれる。
クスンといって保護スーツの袖で涙を拭き取る。
保護スーツは水分を吸収し全体に分散させ不要分は蒸発させるので、優秀な吸収体だ。
水分以外の物質もナノマシンが分解し保護膜として再利用する。
長期間の船外活動が可能なようにそう作られているのだ。
排泄したものを全て受け止め再利用するシステムだ。
ヴェスタもぽろぽろと涙を流す。
「ど‥‥どうしたらいいの?‥‥ジュノ‥‥私のせいだわ‥‥」
ヴェスタまで自己否定するので、慌ててアイカはフォローする。
「ヴェスタはわるくない!‥‥ジュノをまもってくれたよ‥‥悪いのはあいつ等だ‥黒アイカがしたこと‥‥わたしの、姉妹が‥したことだわ」
アイカも思考をすすめれば自責をおぼえてしまう。
はっとヴェスタが顔を上げる。
「そうだ‥‥AIKA-02と名乗ったわ。何か目的があるはず‥‥クライアントという言葉も聞いた‥‥」
アイカは新しい情報を精査する。
「AIKA-02とはわたしのコピーで間違いないですね‥わたしはAIKA-01がシリアルなので、オリジナルはわたしなのだと思います」
まるで自分が原因だと自白する気分を味わうアイカ。
ヴェスタはピンとこないようなので、補足する。
「‥‥作られたわたしを、コピーしたのが-02以降のAIです」
それはアイカにとっても認めたくない事実だった。




