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アナグラム  作者: 七海美桜
キルケゴールの挫折

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希望・上

「今はよう返事が出来ませんので、弁護団で話し合ってから改めてご連絡いたします」


 弁護士の窓村が、汗をハンカチで拭きながらそう言って、部屋を先に出た池波の両親を連れて曽根崎警察署を出た。廊下が騒がしいのは、池波の母の吐瀉物(としゃぶつ)を片付ける様に、副署長に内線で呼ばれた婦警たちが掃除しているのだろう。


「――しかし、あれは『誰』や?」

 検察官の大村が、黒縁の眼鏡をとると眼鏡拭きを胸ポケットから取り出して、怪訝な表情のまま呟いた。

「カメラの撮影者の事ですね?」


 櫻子の言葉に、大村は頷いた。犯行は二人、と少ない目撃者と遺留品、生き残ったホームレスから聞いて分かっていた。最後の襲撃の撮影は、掛川かもしれない。だが、先に件の撮影は、二人共一緒に映っているのであり得ない。そうなると、あと一人は少なくとも先二件の事件に関わっているはずだ。


「この動画は、海藤に送られて来たそうですね?」

「はい、海藤の私物は自宅にほとんどなく、テレビもありませんでした。ですが爆発後の部屋から、新品のDVDプレーヤーと配達に使われただろう箱が見つかってます。配達業者に確認しましたが、該当の配達はなかったようなんですわ。多分『置き配』を真似て、カメラの撮影者か、掛川が海藤の部屋に置いたと思われます」


 櫻子の意識がない間、曽根崎署はそこまでは調べたようだ。大村の問いに、室生が説明した。

「掛川の行方は? あいつに聞かな、三人目の手掛かりが何もない」

「動画アップサイトにも、先ほどの動画が『かっちゃんねる』とういアカウントで投稿されています」


 櫻子の付け加えられた言葉に、室生と市井は目を丸くした。どうやら、そちらは把握していなかったらしい。そのまま室生の視線は市井に向けられるが、彼は申し訳なさそうに小さく首を振った。

「爆発前に一条警視の指示で富田が動いて探してますが、まだ何も報告が上がってません。人員を増やして、早急に見つけます」


「……あの」

 それまで、三浦夫妻が残っているのを忘れていた。全員の視線を受けた妙は、それに臆することなく凛と立っていた。

「――かんざ……海藤さんのご遺体は……?」

 室生が小さく咳払いをして、三浦夫婦二人に向き直った。

「爆発で亡くなりましたが、一応調べる為に検死をしてます。その……爆発の一番近くに居て、遺体の損傷が激しいもんで時間がかかってますが……明日には終わる筈です。どうしましょ、彼は独身でいらっしゃいましたよね?」

「私どもで、海藤さんの葬儀を致します。ですのでご遺体は、葬儀社に連絡してうちが引き取ります」

「妙? 何でうちが!?」

 隣に居た夫の三浦が、驚いたような声を上げた。しかし妻の妙はそちらに顔も向けず、深々と頭を下げた。

「ご連絡、どうぞよろしくお願いします」

 顔を上げた妙は櫻子をチラリと見て、会議室を出て行った。その彼女の後姿を、慌てた様子の三浦が続いて出て行った。


「ねえ、笹部君」

 櫻子は、『三人目』という言葉に引っかかっていた。今までの事件を思い出す――犯人の陰にいる、『三人目』が。


 一件目、国府方(こうかた)紗季(さき)が主犯であったが、恋人の渡部(わたべ)(はるか)が共犯者としていた。しかし、悠が死亡した後に紗季を同じ手口で殺した『三人目』が存在する。二件目は、吉川(きっかわ)美晴(みはる)岡崎(おかざき)博之(ひろゆき)の交換殺人だ。そうして、二人に交換殺人を持ちかけた『三人目』の存在。更に今回の――カメラ撮影をしていた『三人目』の存在。

 『三人』という形に、何か意味があるのだろうか。これらに繋がる『三人目』は、同一人物なのだろうか? そうなると、掛川はもうすでに処分されている気がする。勿論、口封じの為に。


「掛川は、死んでいるでしょうね」

 櫻子の言わんとした言葉を感じたのか、笹部はそう答えた。


 脳裏では、笑みをたたえた桐生が満足そうに櫻子に笑いかける。『まだ僕に追いつけないようだね、櫻子さん』と、まるで嬉し気に。


「大丈夫ですよ、ボスには篠原君と僕がいますから」

 彼女の隣でそう呟く笹部の、ジャケットの裂け目から覗く包帯に、血が滲んでいた。その血の色に、櫻子はどうしても桐生の意思が関わっているようにしか思えなかった。

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