宮城・中
三浦板金を出て曽根崎警察に戻ると、玄関前に笹部と宮城が立っていた。宮城は自分の部下を連れていなかった。
「警視、昨日誕生日だったそうですね。鯛は縁起モンやし、鯛めしでも行きませんか?」
宮城のその言葉に、篠原は少し驚いたように櫻子を見た。篠原は櫻子の誕生日を、知らなかったのだ。櫻子は了承すると、一行は道頓堀の魚料理店に来た。
四人用の個室に案内されると、まだ業務中なので酒は頼まなかった。ウーロン茶とランチ限定の鯛めしコースを頼んだ。
「二十二年前の昔話ですか?」
ウーロン茶と付出しを並べた従業員が襖を閉めて部屋から出ると、櫻子はグラスを手に真っ直ぐに宮城を見た。宮城は、いつもの様な櫻子に対する嫌味っぽい雰囲気を見せていなかった。目の隈が僅かに濃く、ひどく疲れている様子だった。それは何処か、神崎と似ていた。
宮城は頷いて同じようにグラスを手にすると、櫻子のグラスと乾杯する様にカチンと音を立てて触れさせた。笹部と篠原も同じように乾杯した。
「ああ……警視、さっき海藤に会いに行きましたよね?」
「ええ、貴方みたいにやつれていたわ。喘息なんですってね? 貴方と会って、発作起こさなかった?」
櫻子の言葉に、宮城は僅かに眉を寄せた。
「……実は、海藤があそこで働いていた事は忘れていました。『あの事件』を忘れた訳やあらへんのですが、二十二年も経って人相も変わっていて……名前も変えていたので、後になって知りました。池波が自殺したんを、三浦板金の社長に報告に行った時です。そうですね、咳をしだして奥に消えました」
ウーロン茶を一口飲んで、そのグラスを宮城はテーブルに置いた。笹部は二人の話を聞いているのか、マイペースに付出しを箸で口に運んでいる。篠原はどうしようか悩んだが、自分が口を挟む事もないだろうと笹部と同じように箸を手にした。
「まだ二十一歳でした。血気盛んと言うか……刑事課に来てからの、初めての事件やったんですよ」
櫻子に話すというよりも、宮城は昔の事を確認するように口にしていた。
「俺はその時は、春日さんって定年まであと少しの人の下に居たんです。捜査課は、春日さんの為にもこの事件は解決するんやって、躍起になってましてね。けど、証拠もなければ容疑者も中々発見できひん。そんな時、連続事件の最期の事件発生から一年半後に、何故か証拠品が現場で発見されたんですよ」
「誰も、不審に思わなかったの?」
「思いましたよ、勿論。ですが、それを発見した東が、被害者の血痕も付いてるって科捜研に回したんですよ――確かに血が付いていました。一年半後に、『綺麗な名札に擦り付けたような二番目の被害者の血痕』が。道端の植木の陰にあったんですが、風雨にさらされた訳でもない、綺麗な名札でした」
櫻子は、静かに聞いている。まだ平成と呼ばれる時代の、櫻子や篠原や笹部が子供の頃の事件だ。篠原は、その頃八歳になる前だろう。何時の時代にも、目を覆いたくなる事件がある。聞いた事があるかもしれないが、新しい事件の話で、自分が関係しない事件はすぐに記憶の上書をされて忘れていく。
「それからは、東の独壇場でした。すぐに海藤を確保したのですが、東は取り調べでこう聞いたんですよ『なぁ、海藤。もしお前が犯人やったら、殴ったバッドや血の付いた服はどこに隠すんや?』って」
「誘導尋問みたいな聞き方ね」
櫻子は、不快そうな顔になった。
「そうですよね、でも俺は当時知らない事が多すぎて東のやり方を止められませんでした。海藤は『知らない』『分からない』と繰り返していましたが、『工事中の現場に埋めたり、現場に近いマンホールに落としたりするかもしれない』と言いました。その二日後に、まさに海藤が言ったような場所で凶器や服が見つかったんですよ」
櫻子が目を見開いた。
「あり得ないわ――まさか……まさか」
宮城は、深々と溜息を零した。
「東は、当時大阪府議会の議長である東賢作の次男でした」
「彼が犯人じゃない!! 冤罪を、貴方達は見逃したの!?」
櫻子は怒鳴ってから机を大きく叩き――部屋に静寂さがしばらく続いた。




