宮城・下
櫻子の立てた音と声に驚いた従業員が姿を見せたが、「何でもありません」と宮城が下がらせた。その間に、手際よく料理が机に並べられる。香ばしくいい匂いの鯛めしが湯気を立てているが、暫くは誰も手を付けなかった。
「担当した検事は、確か当時『白いモノでも黒にする』って有名な真田検事ですよね。桜海會顧問弁護士の、真田弁護士の実の父親の」
この店に来てから、ようやく笹部がのんびりと口を挟んだ。彼は櫻子に言われて、朝から二十二年前の事件を調べていた。突然出た桜海會の名前に櫻子は小さく息を飲んだが、真田の名前に瞳を伏せた。
「真田――真田源治ね。刑事局長から聞いた事があるわ。あまり噂が良くない検察官が東と西に数名いたって……」
弁護士は依頼者を最善な結果になるように、例え悪でも出来る限り刑が軽くなる様にするのが仕事だ。しかし、検事は警察と同じように捜査をするのだが、犯人が白か黒かを『公正な目』で調べなければならない。何故なら、唯一『起訴』が出来る立場だからだ。彼らが起訴する事で、裁判を始める事が出来るのだ。だからこそ、絶対に『公平』でなければならない。
「相手が真田って分かると、海藤の弁護士は皆降りたんですわ。国選弁護士も何回か変わって、南って女弁護士が名乗り出た。けど、東の父親は海藤の彼女の二股相手の男に金を渡して、さっさと結婚させて証言させなかった。それに、何故か『現場で海藤を見た』って証言する奴もいてなぁ……唯一の海藤を庇える証言は、彼の住んでいたアパートの大家だけやった。三件目の事件当日、アパートの通路の電気が切れたのを海藤が替えてくれたから、夕飯とビールでお礼したって。海藤は酒に弱いから、すぐに部屋に戻って寝たらしい。大家は海藤の部屋の電気が消えたのを、確認してたんや」
「証言としては弱いですね。それから部屋を出たと言われれば、終わりです。それに、深夜の犯行現場で海藤さんを見たなんて、そんな都合よく証言する人よくいましたね……『本当に都合良い人』が、まるで作られたかのように」
極度の猫舌の笹部は、熱々な土鍋の鯛めしをしゃもじで混ぜて茶碗へよそった。笹部の言うように、海藤を見たという証言者は『作られた』のだろう。
「――警視。あなたが来た時から、俺はあなたを歓迎してなかったんは知ってたやろ?」
「ええ、署長と副署長はただの妬みだと分かってるわ。けど、貴方は歓迎をしている訳でもなく、かと言って妬んでる様子でもなかったわね」
篠原は、身体を伸ばして櫻子と宮城の分を茶碗によそった。話の邪魔にならない様に、大きな体を小さくして。
「最高裁で棄却されて、無期懲役になった海藤の最期の面会に、俺は春日さんとで行ったんや。海藤は言ってたよ、『生まれた時から、貧乏人は幸せになれんのですね』って。『ささやかな日常の幸せすら、送らせて貰えない人生って何なんやろう』と」
宮城は、横に座る櫻子を真っ直ぐに見た。
「東が犯人だという事は、署内では暗黙の了解の様に伝わってました。ですが、誰も『制裁』を恐れて、それを口にする者はいませんでした。裁判が終わり海藤が刑務所に送られると、東は警察官を辞めて兄の経営する会社に転職しました。流石にまた事件を起こさないように、兄の監視下に置いたんでしょうな――春日さんは、それらの行く末を見終わってから定年退職しました。捜査課全員に声をかけてから最後に俺に、『権力で悪を正当化する者を許すな、権力があっても真っ直ぐな人に付いていけ』って言葉を残してくれました」
東自身は警察官としてエリートではなかったが、彼を取り巻いているモノが大きな力を持っていた。篠原は春日という先輩を知らないが、きっと真面目に地道な捜査をしていたのだろう。でなければ、海藤の面会に行かなかった筈だ。事件が終われば、刑事は次の事件を受け持つ。『犯人』と『警察』は『裁判が終われば他人』、そんな関わりだ――だが春日という刑事はきっと、謝罪したかったに違いない。『正しい警察官』として、冤罪で彼を檻に行かせてしまう事を詫びたかった筈だ。
「一条警視、俺はまだ『エリート』と言うものを信じていません。ですが、あなたは『刑事局長という後ろ盾』を使い横暴な事はしない、真実に反した事をしない方やと信じようとしてます――遅くなりましたが、改めてよろしくお願いします」
そう言うと、宮城は櫻子に敬礼をした。胸を張って、先ほどのやつれた様子無く清々しい笑みと共に。
「よろしく、宮城警部」
櫻子も右手を上げると、敬礼をした。
「では、取り合えず食べませんか? 僕は冷めた方が好きですけど、皆は温かい方が食べたいんじゃないですか?」
のんびりした笹部が、まだ湯気を上げている鯛めしを指差した。
「お、そうやな。警視の一日遅れの誕生会や。おめでとうさん」
「一条課長、すみません知らなくて。おめでとうございます!」
「ボス、二十六歳おめでとうございます」
それぞれ声をかけてくる男たちに、櫻子は笑顔を向けた。
「ありがとう」




