宮城・上
妙が仕事をしている場所を案内するという事で、新井は櫻子達を連れて三浦板金の横にある三浦の家へと向かった。二階建ての家で、その隣のアパートが従業員の寮なのだという。主に寮に入っているのは、若い子や独身者だそうだ。家庭を持っている者は、家から通勤しているという。
「妙さん、お客さんです」
新井が玄関先のインターフォンを押すと、しばらくしてほっそりとした化粧気のない女性が現れた。だが、化粧をしなくてもどこか凛とした美しさを感じた。現在四十四歳で息子と娘がいるという。
「どうぞ」
居間に上げられえると、何故か新井も後についてきた。居間には大きな一枚板の座卓があり、置かれた座布団に櫻子と篠原は腰を落とした。
「最終的な経理は先生にお任せしていますが、庶務的な事は私と店の事務所に居る女の子の二人でやっています。出勤簿は、これです」
冷たい麦茶と、コーラの入ったグラスを妙は用意した。先ほど走ったせいで喉が渇いていた篠原は、頭を下げてそのお茶を一息で飲み干した。
「ご馳走様です」
カバンにはもう温くなってしまった飲み残しの珈琲の缶が入っているが、今はこの冷たい麦茶が有難かった。
「申し訳ありません、竜哉君がお世話をかけまして……」
事情を聴いた妙が、隣に座る新井の頭を押さえる様にして頭を下げた。新井も素直に頭を下げた。
「大丈夫です、いい運動になりましたから」
篠原たちが会話をしているのに加わらず、櫻子は妙から受け取った用紙に目を落としている。パソコンから出力して貰った、出勤簿のコピーだ。五、六月分の出勤簿だ。
『5月18日(月) 池波隼人:休み』
『5月20日(木) 池波隼人:有給?(病欠?)』
『6月3日(木) 池波隼人:休み』
事件があった日は、彼は休みになっている。しかし、有給と病欠が並んでいてどちらにも『?』が付け加えられている。
「こちらのお仕事は、定休日とか従業員の休みのシステムはどうなっているんですか?」
櫻子が紙から顔を上げると妙に尋ねる。新井は妙が入れてくれたコーラを飲んでいた。
「工場は、一応火曜が定休日です。従業員はシフト制になっていまして、週で考えますと火曜とあと一日休みがあります。朝九時から夕方六時までの雇用体制です」
週二休みで、五日出勤のシフト制。ついでに神崎の項目も確認したが、彼はそれらの日は全て出勤だった。
「池波君は、大抵木曜日を休みにしていました。何となく土日は家庭がある方を優先に、休みを取って貰う様な感じでしょうか。決まり事ではなく、皆さんで暗黙の了解みたいな感じになっています」
「ですね。神崎さんが提案したんでしたっけ? 神崎さん、土日は基本休みませんもんね」
コーラを飲み干して、神崎は氷を口に含んで嚙み砕いている。
「――あの人は、自分に厳しいですからね」
妙が、なんとも微妙な顔になった。
「あ、すみません」
スマホのバイブ音が鳴った。篠原は慌ててスマホを取り出すと、立ち上がり部屋の隅に足を向ける。
「池波さんの、五月二十日の病欠? となっているのは……?」
「あ、それそれ!池波が泥酔してた日っスよ!」
櫻子の問いに、新井が声を上げた。
「はい、この日は池波君出勤日だったんです。ですが、午前が終わる前になっても出勤してこなかったので、主人が部屋まで様子を見に行きました。病欠扱いにするか有給扱いにするか話し合ったんですが、お酒の飲みすぎの急性アルコール中毒、という事で結局は有給扱いにさせて貰いました」
新井が事情を話していると察した妙が、要点だけ話した。中々頭のいい女性の様だ。
「お酒で遅刻や欠勤なんて、よくあったんですか?」
「いいえ、池波君はむしろお酒はあまり飲まなかったんです。バイクに乗るのが好きな子でしたので、飲酒運転で捕まりたくなかったからと言ってました。その日だけです、そんな事になったのは」
「一条課長」
スマホを持った篠原が、櫻子を呼んだ。
「宮城課長が、昼飯一緒にどうかと……」
意外な誘いだった。櫻子も手首の時計を確認すると11時47分過ぎだった。
「行くと伝えて。一度そっちに戻るわ」
篠原に答えると、櫻子は名刺を出して妙にも渡した。篠原は、再びスマホに向かって話を続ける。
「何かありましたら、遠慮なく私にご連絡ください」
妙はその名刺を受け取ると、小さく頷いた。




