過ち・下
戻って来た新井を、三浦は怪訝そうに見た。だが、「急に警察に来られて、動揺しただけみたいです」と篠原が言うと、曖昧に頷いて事務所を出て行った。
「すみません、つい癖で逃げてしまって……」
新井は、本当に申し訳なさそうに櫻子に頭を下げた。櫻子は小さく笑むとポンポンと彼の頭を叩いた。
「いいによ、気にしないで。篠原君の足の速さも確認できたし」
「よく追いつけましたよね、俺足早い自覚あったんやけど……あの子供ら居らんかっても、多分追いつけてましたよね。篠原さん、陸上やってたんですか?」
篠原は剣道をずっとしていたが、警察官になってからは足腰を鍛える為にランニングをしている。走る事には、少し自信があった。
「池波、の事ですよね」
金髪の頭を掻いて、新井は肩を竦めた。
「年が近くてたまに遊んだりしてましたけど、そこまで……って感じじゃなかったんスよ。あいつは結構暴力的な事するから、あんまりその辺合わなくて……」
「暴力的? 例えばどんな所?」
櫻子の問いに、新井は首を傾げた。
「うーん。そうやな……道ですれ違った相手と肩がぶつかったら、そいつに怒鳴るとか。相手が女でも、止めるまで殴りそうな勢いで怒鳴るんスよ。ここに来た時は大人しかったんですけど、一年くらいしたら結構態度もデカくなって。けど、神崎さんの言う事には、素直に従ってましたよ」
意外な言葉だった。神崎は真面目で静かで大人しいイメージだ。典型的な暴力少年と繋がる要素が思い浮かばない。池波は少年鑑別所を出てから、すぐ三浦板金を紹介されて住み込みで働いている。ようやくその生活も、二年近くになるそうだ。
「ほら、冤罪だって言ってるけど、神崎さんの前科は暴力と殺人でしょ? 池波の奴、すっかり尊敬しちまってて。俺もそんなデケェ事したいって、良く呟いてたんス」
「それ、他の警察にも話した?」
「いいえ、警察の人は社長と弁護士と話してただけです。俺、もし聞かれたら話すか迷いましたけど……それが池波の不利になっても、話さないといけないですよね。死んだ人もいるなら、さ」
新井は、深くため息を零した。同じ『万引き』という犯罪の前科があっても、彼らの背景は随分違うようだった。やはり、池波には暴力的な心の闇があったように推測できる。
「そう言えば、池波は最近昔の連れに会って遊んでるって話してましたよ」
ふと思い出したように呟いた神崎の言葉に、櫻子はハッと顔を強張らせた。
「昔の連れ? それは、捕まる前に一緒に行動していた子達の事かしら?」
「そうです。夜遅くまで遊んでたみたいで、仕事も寝坊で遅刻しそうなことが多くて……確か、捕まる少し前、出勤日に三時間経っても来なくて社長が寮まで見に行ったんですよ。そうしたら、部屋で酒飲み散らかして意識飛んでてて、病院に連れていかれた事がありましたよ」
櫻子は、息を飲んだ。捜査課の聞き込み不足に呆れたのと、池波とホームレス連続殺傷事件に関与しているかもしれない糸口を見つけた事に。
「――それはいつだったか、覚えてる?」
「出勤簿見たら、分かると思いますよ。専務の妙さんが、管理してると思います」
「そう、有難う。妙さんに聞いてみるわ」
櫻子が小さく頭を下げると、新井は赤くなって大げさに手を振った。
「いやいや、警察に協力するのは市民の義務ですから! ――そうだ、新井の連れ、アイツは『かっちゃん』って呼んでたんで」
櫻子は篠原に視線を送る。篠原は頷いて、スマホを取り出して笹部にメールを打つ。
「いいすね、篠原さん」
新井が、櫻子と篠原を見比べて笑みを浮かべる。
「毎日こんな美人と仕事出来て。俺も警察官になろうかなぁ」
「いいわよ、警察官になりたくなったらいつでも連絡してね」
篠原が赤くなって、櫻子が吹き出して笑った。そうして、櫻子は彼に自分の名刺を渡した。




