過ち・上
神崎と入れ替わりに入ってきたのは、細身の彼とは違ったやや小太りな男だった。愛想笑いが身についているのか、櫻子と篠原に笑いかける。
「どうも、留守ですんませんでした。私が三浦です。社長の三浦信介ですよ。最近は刑事さんがよう来ますけど、えらい別嬪さんが来てくれましたなぁ」
へらへらと笑いながら、さっきまで神崎が座っていた椅子に腰を落とした。三浦板金で、彼は現場仕事をしないようだった。ジャケットを脱いだ白シャツの腹のボタンは苦しそうで、ピンクのネクタイを締めたビジネスマン風の姿だった。
「池波君の事で、この近くの弁護士事務所に行ってたんですわ。窓村法律事務所です」
櫻子が尋ねる前から、三浦はぺらぺらと話し出す。篠原は、理由は分からないがあまりこの男を好ましく思えなかった。
篠原の高校時代、陰でいじめをしていた隣のクラスの男に似た、表面は委員長をした良い人ぶった――偽善者、に似ていると思えた。神崎がなぜこの男を信用しているのか、篠原には分からなかった。
「私たちは、今日からその事件の捜査に加わる事になりました。曽根崎警察署特別犯罪心理課の、一条です。こちらは、私の部下の篠原です。裁判の件につきましては、申し訳ありませんが私は関わっていません。捜査で必要な池波君の事について、お聞きしたいのですが」
どことなくもやもやとした思いの篠原とは正反対で、櫻子はにこやかに彼に話しかけた。美人な櫻子の柔らかな対応に、三浦は機嫌を良くしたようだった。
「池波君なぁ――まあ、仕事はちゃんとしてましたよ。最初は嫌々だったみたいですが、仕事を覚えだすと楽しくなったんじゃないでしょうか。大抵の男は、車好きですからなぁ」
ポケットから電子タバコを取り出すと、三浦はそれを咥えた。
「三浦さんは、事務や接客の方を?」
「ええ。昔は私も現場での仕事をやってたんですが、今は従業員も増えたんであの子らに任せてます」
「神崎さんとは、古いお付き合いなんですか?」
櫻子の質問が変わった事に、三浦が驚いたような表情を見せた。
「神崎の事は、ご存知なんですか?」
櫻子が頷くと、三浦は電子タバコを咥えたまま立ち上がると自動販売機に向かい、砂糖入りの珈琲を購入した。
彼が自動販売機に向かい背を向ける瞬間、三浦の口元に笑みが浮かんだのを櫻子は見逃さなかった。
「私と彼は、元々同じ会社に勤めていたんですよ。同じ時期に首切りされた、言わば『同士』ですわ。以前は広告会社で働いていましたが、リストラされて生活に困った私はこの工場にバイトで来ました。当時の社長には、娘さんが一人居ましてね。後を継ぐ条件で彼女と結婚したんです。ま。婿養子ですわ」
珈琲を開けると、三浦はその冷たさに満足そうな表情を浮かべた。櫻子も篠原も、もう温くなり始めた珈琲を、同じように一口飲んだ。
「神崎にも、声をかけたんですよ。当時この工場は人が少なくて、彼もコンビニなんかのバイトで生計を立てていたので生活に困っていましたからね。しかし機械にあまり強くない彼は迷惑をかけるのではと、迷っていて――そんな時に、あの事件が起きたんですわ」
二十二年前の事件を、朝一番に櫻子から聞かされた。笹部はその件に関して、今曽根崎警察署で調べているはずだ。
「神崎さんの当時の彼女を、ご存知ですか?」
「はぁ、一応知ってますよ。同じ広告会社に勤めていましたから。けど、彼女は二股してたみたいで、神崎を捨てて関わらんように証言も拒否したみたいでねぇ。すぐにもう一人の男と結婚して会社も辞めて、今は江坂に住んでるんやないかな?」
その結婚相手の男が、その辺に住んでたんで。と、三浦は続けた。
「神崎が冤罪やって言うから、有志で彼の支援をしたんですよ。私が代表みたいな形で、彼の親や親戚や友人で毎日の様にビラ配りやら、真犯人に関する聞き込みやら……色々やりました。けど、最高裁で棄却ですわ。親御さんは、神崎が刑務所に入ると人目を気にして引越ししました。友人たちも疲れ切って、次第に関わりを無くして……私だけが、残りました」
当時を思い出すように、三浦は時折瞳を伏せてそう話した。
「模範囚のお陰か、八年で彼は釈放されました。何もかも失った彼は、私に土下座して働かせて欲しいと泣きましたよ。私は勿論、彼を受け入れました。彼が犯人ではないと、私も信じていますからね。今は、修理工場の現場は全て彼に任せてます」
「そんなに、神崎さんと親しかったんですか?」
同じ会社に勤めていて、同じ時期にリストラ。話を聞くだけでは、そこまで彼に肩入れするのは不自然だ。
「――はは、やっぱり不自然ですよねぇ。でも、この工場の宣伝にもなるし……少しばかり甘い思いも出来たんで」
ひどく不快な笑みを、三浦は浮かべた。
「寄付金の横領、ですか?」
表情を変えず、櫻子は尋ねた。
「いやいや! 少しですよ!? 少しだけ、私も慰労させて貰う為に余ったお金で少し遊んだだけです。ですから、彼に仕事を与えて、待遇も良くしてますよ?」
思わず漏らしてしまった言葉に、三浦は慌てて手を振った。彼が不快に思える理由が、篠原にはようやく分かった。
彼の為に募金などで集められた善意のお金を、彼は不正に使用していたのだ。曲がった事が嫌いな篠原は、彼を非難しようとした自分をぐっと理性で抑えた。




