サイコパス・下
「急いで池波隼人の交友関係を、調べないと。会社と、友人家族中心で。それと、彼が容疑をかけられた事件もね――笹部君、時系列でまとめてくれる?」
「了解しました。今日中には二人のタブレットに送りますね」
抱えていた炭酸せんべいの缶を脇に置くと、笹部はデスクトップパソコンのキーボードに手を伸ばした。櫻子は「有難う」と呟いてスマホをポケットに戻し、自分の机の椅子に腰を落とした。そうして肘をつき、その掌に形の良い顎を乗せる。
「……繋がり……ね」
そう呟く櫻子に向けていた視線を逸らすと、篠原は三人分の珈琲カップを手に足早に給湯室に向かった。二人になった部屋は、笹部のタイピングの音がやけに大きく聞こえるようだ、と櫻子の思考の端にそう浮かんだ。
「――ボス」
笹部はタイピングを止めず、櫻子に話しかけた。櫻子は姿勢を崩さず、視線だけ彼に向けた。
「どうかした? 笹部君」
「ボスは、サイコパスとソシオパス――どちらが罪深いと思いますか?」
笹部から、意外な質問を向けられた。櫻子は、少し驚いたように彼を見つめる。しかし彼は、見えにくそうに長い前髪の隙間からパソコンの画面を見ている。それは、いつもと変わらない笹部の姿だ。
サイコパスは、元来の性格や気質で産まれた時からサイコパスだ。しかし、ソシオパスは親の教育や環境によるもの。例えるなら、性善説と性悪説を比べるようなものだ――どちらが、罪深いか? 櫻子は高校生時代から深く犯罪心理を勉強してきたが、それらを比べる事なんて考えた事はなかったかもしれない。
「――サイコパスね。恵まれない環境下で育った人全てが、ソシオパスになる訳じゃない。そんな環境下で育ってしまった為にソシオパスになってしまった事を、不憫に思う場合があるかもしれないわ」
脳裏に、端正な顔立ちで微笑みながら人を殺す桐生蒼馬が浮かぶ。彼の残忍さを、許せるはずがない。少年の頃から罪の意識を持たず犯罪に手を染める桐生を、憐れに思えるはずがない。
「望んでサイコパスとして生まれた訳じゃなくとも、ボスはそう思いますか?」
タイピングの音は、変わらず一定のリズムで部屋に響いている。笹部の質問の意図が、櫻子は分からなかった――その問いかけは、特定の誰かの事を聞いているように感じる。
「サイコパスの思考を矯正する事は、とても難しいわ。笹部君も知っているでしょ? サイコパスの為を思うのなら、罪を犯して暴走するのを止める。でもそこに、憐れみは感じないわ」
「ボスの親を殺したのがサイコパスじゃなかったら――考え方は、違ってたかもしれない。そう考えた事はありませんか?」
櫻子は、驚いた表情で笹部を見つめた。頬を乗せていた手をどけて、彼を真っ直ぐに見た。この感覚に近いものを、櫻子は知っている。
そう。あの、硝子の水槽越しの――
「興味があったので、聞いただけです。深い意味はありません、すみません」
いつの間にか笹部は手を止めて、櫻子に小さく頭を下げていた。そこに居るのは、いつもと変わらない笹部だ。知らず緊張していたのか、強張った顔をしている事に気が付いた櫻子は、慌てて小さく首を振りそれを誤魔化した。
「いいのよ、気にしないで。そうね、時間がある時に考えてみるわ。偏った思考にならない様に」
「すみません」
もう一度ぺこりと頭を小さく下げて、笹部は再びキーボードを弾き始めた。櫻子は脳裏を過ぎった得体の知れぬ不安に、また唇を噛んだ。
唇を噛むのは、彼女の昔の癖だ。心理学を学び始めてから治したつもりだったが、大阪に戻ってからその癖が度々出てきたようだった。
篠原が部屋に戻ってくると、黙ってパソコンに向かういつもの笹部。それと、何処か落ち着かない様子の櫻子が、窓の外を眺めていた。




