罪・上
笹部はきっちり一連の出来事を夕方までに仕上げると、その情報を櫻子と篠原のタブレットと情報を同期しているパソコン両方に送った。昼過ぎから笹部がその処理をしている間、篠原は慣れないパソコン相手に異常犯罪と呼ばれる事件を調べて勉強をした。そして櫻子は、古い黄ばんだ紙の封筒に入った、これもまた古そうな書類を何十枚もじっと見ていた。
「今日はもう帰っていいわよ、皆」
櫻子はその封筒を自分のデスクにしまうと、厳重に鍵を閉めた。その鍵の付いたキーケースには、この部屋の鍵も一緒に付けられている。鍵と言っても、複製が出来ない特殊なものだ。それを知っているのは、この三人だけだった。
「笹部さん、それ気に入ったなら持って帰って食べて下さい」
パソコン操作しながらも時折缶から取り出して食べていた笹部の姿を、篠原は思い出してそう言った。彼の机には、まだ多く残っている炭酸せんべいの缶が置いてあった。普段菓子類をあまり口にしない彼が珍しく気に入ったようなので、篠原はそれが嬉しかった。部屋を出る時に、持って出ていた。
「いいの?」
「この時期じゃ、早く湿気るかもしれないわ。パリッと感がないと、美味しくなくなるものね。頂いたら?」
櫻子にもそう言われて、笹部は赤い缶を抱えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
話がまとまったのを見届けてから、櫻子は部屋に鍵を閉めて二人を連れて玄関へと向かおうとする。が、先に歩く二人の後ろで櫻子は足を止めた。
「私、少し用があるからもう少し残って捜査課と話してくるわ。お疲れ様」
不思議そうな顔の篠原と、いつもと変わらない笹部にそう言葉を残して櫻子はヒールの音高く、捜査課が使用している会議室に向かった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、ボス」
頭を下げる篠原の横、笹部は曽根崎警察の玄関先へ向かった。篠原も、足早に彼に続いた。二人とも、阪急電車の宝塚線を利用している。笹部は梅田からすぐの豊中駅で、篠原は終点の宝塚駅だ。
丁度その時、曽根崎警察署に入ってくる男二人が目に付いた。大柄で女好きのする渋めの、ダブルのスーツ姿の香田とすらりとした神経質そうな真田だった。
「あ!」
交番勤務の篠原は、人の顔を覚えるのが得意だ。すぐに気が付いて、ぺこりと頭を下げた。
「香田さん、ですよね? ミナミの事件では、お世話になりました」
そう声をかけると、向こうも気が付いたようで足を止めた。
「ああ、櫻子さんと一緒におった子やな。『セシリア』の時やったか、久し振りやな、お疲れ」
香田は、関西でも古くて大きな桜海會という暴力団の若頭だ。暴力団が警察に堂々と入ってくるのが、篠原にはなんだか不思議で妙な感じがした。しかし声をかけられた香田は、彼らが櫻子の部下だと分かると、篠原と笹部に表情を柔らかくした。若々しいが貫禄のある低めの声音で、微かに香水の香りが鼻をくすぐる。その隣で、真田も軽く頭を下げていた。
「なんや、ここで騒ぎがあったようやな?櫻子さんは無事なんか?」
ここに姿がない事に、香田は少し眉を寄せた。
「はい、大丈夫ですよ。――ええと、香田さんは、何か……?」
捜査の事を家族であっても漏らさないように、と以前櫻子から教えられた篠原は爆弾騒ぎを口にしそうになったが、それを言わずにこの場に不似合いな彼に疑問を口にした。
「うちの若いもんが、事情聴取でこっちに来てるって聞いてな。迎えに来たんや」
「『Majesty』の流星さんですか?」
黙って聞いていた笹部が、口を挟んだ。
「ええ、うちの店の子です」
真田が頷いて、笹部に視線を向けた。
「今、捜査課は使用出来ないので、三階の会議室に宮城課長がいます」
そう答えて、笹部は玄関に向かって歩き出す。
「え、あ、笹部さん? ――あの、行き方分かりますか?」
篠原は慌てて追いかけようとしたが、ふと止まり二人に向き直って尋ねる。
「大丈夫です、分かります。有難うございました」
「失礼します!」
真田は頭を下げ、香田は笑って手を振った。篠原も二人にもう一度頭を下げると笹部の後を追った。
「襲われたホームレスを助けたホストだよ」
夕日が照らす道を歩きながら、炭酸せんべいの缶を抱えた笹部がそう答えた。
「そうなんですね。桜海會って、ホストクラブも経営しているんですか……すごい世界だな」
情報をまとめていた笹部だから、彼らが来た理由が分かったのだろうと篠原は納得した。頷きながら、笹部の隣を歩く。
「――店のホストの身請け引き取りにわざわざオーナーが来るなんて……ボスに会いに来たの、見え見えだね」
笹部は相変わらずの様子に見えたが、しかし何処か篠原には違和感を感じる声音でそう呟いた。
「篠原君」
「はい」
「やよいさんに、お礼言っておいてね」
缶を軽く振る笹部はいつもの様子に戻っていて、篠原は安心したように笑った。
「はい。また、持ってきますね」
階下、窓の下駅に向かって歩く2人の姿を香田と真田が見ていた。
「笹部と篠原……やったな?」
「はい。二人とも、一条櫻子さんの良い部下だと思われます」
香田は、大きな手で自分の顎を撫でた。
「篠原は――真っ直ぐで、えらい気持ちのええ若者やな」
「――香田か!?」
そんな二人の後ろで、丁度会議室のドアを開けたのは宮城だった。その彼の後ろの部屋の中で、驚いたように瞳を丸くしている綺麗な櫻子の顔が見えた。




