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アナグラム  作者: 七海美桜
キルケゴールの挫折

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池波・中

 櫻子は篠原を連れて、阪急梅田駅に併設されている阪急三番街に向かい、珍しく紅茶がお勧めの大きなケーキを提供するカフェに落ち着いた。


 櫻子はカモミールブレンドティーを、篠原はアイスコーヒーとミルクレープを頼んだ。席にはケーキを目当てにしている若い女の子が多く、篠原は少し居心地が悪かった。

 春からこの季節にかけて、女性は柔らかな色合いの女性らしい服装になる。きっと櫻子も似合うと思うのだが、彼女は青味がかかった口紅が印象的ないつもと変わらない黒いスーツ姿だった。

「池波容疑者が任意の事情聴取を受けた、ホームレスの事件についての詳細は?」

「あ、はい!」

 カラン、と水の入ったクラスを傾けて、櫻子は正面に座る篠原に視線を向けた。問われた篠原は、肩から斜めに下げているカバンからタブレットを取り出した。その事件については、昨日笹部がまとめてくれていた。


「最終電車間近のJR大阪駅構内で男性二名の暴行被害、東通り商店街で男性二名――暴行被害一名、暴行致死被害一名です。そして、阪急梅田駅の前で男性一名の殺害被害者です。日付でお知らせしますと、JR大阪駅は5月18日月曜日0時10分頃。東通り商店街は、5月20日木曜日1時20分過ぎ頃。阪急梅田駅は6月3日木曜日2時過ぎ、です」

 櫻子は瞳を閉じて、頭の中で時系列と被害者を確認している。

「目撃者、及び通報者は?」

「JRでは、環状線外回りの最終近くでしたが、月曜日で週の半ばという事もあり人が少なかったようです。改札の近くで座っていたホームレスを襲撃したのは二人組で、キャップ帽とネックウオーマーらしきもので顔を隠していたようです。通報したのは、騒ぎを聞きつけて駆け付けた駅員です。二人とも金属バットで殴られ、足で何度も蹴られていたようで一人は肋骨骨折まで負っています。警察到着前に二人は逃亡しました」

 篠原の説明に、櫻子は頷く。


「東通り商店街は、横道に入った場所の上ほとんどの店が閉まっていたようで、目撃者は今の所見つかっていません。ホームレス二名が先ほどの様な二人組に同じように同じく金属バットで襲われているのですが、一人が動かなくなったことで慌てて犯人たちが逃げたようです。現場付近で、金属バットが捨てられていました。襲われて生き残った被害者が、たまたま煙草を買いに通りかかったホストに助けを求めたようです。そのホストが、通報者になります」

「そう、見捨てない優しいホストだったのね」

 情がない訳ではないが、水商売に関わるものはあまり厄介ごとに関わりたがらない。水商売をしている一部には、身元を隠したい人がいるからだ。まして、ホームレスと警察が関わっている。得にもならないし、(すね)に傷があるものなら見捨てただろう。


「そうですね。そして最後ですが――HEP FIVE(ヘップ ファイブ)と呼ばれる商業施設に続く道で一人が襲われて死亡しました。今回は金属バットではなく、文化包丁で心臓周辺を何カ所か刺されています。最終的に肺の奥まで刺された傷が深く、ショック死だった様です。こちらも目撃者はいません。通りかかったクラブ遊びをしていたカップルが発見、通報しました。凶器の文化包丁は、被害者に刺さったままでした」

「――変ね」

 運ばれてきたカモミールティーのカップに、薄い紫色のネイルが綺麗に塗られた指を絡め、櫻子はその薄い琥珀色を眺めた。篠原は、僅かに首を傾げた。

「ずっと二人が狙われて、一人になった――それとも最後の襲撃では、一緒に襲われていた一人は逃げて名乗り出ていないの? それに、包丁を用意しているのは殺意の現れ。前二件の事件とは違って、最後の事件に関して犯人は『殺し』にシフトチェンジしてるように思わない?」


 たまたま包丁が道に転がっている訳でも、殺されたホームレスが持っていた訳でもないだろう。金属バットと同じで、犯人が用意したと思うのは妥当だ。篠原は理解したようで、頷く。

「それで、どうして池波隼人が疑われたの?」

「曽根崎警察に、電話があったんです。ボイスチェンジャーを使った声で、三浦板金で働いている池波隼人が犯人だ、と」

 不穏な話をしている二人に、若い女性店員が様子を(うかが)いながらミルクレープを運んできた。ケーキの皿を置くと、慌てて店の奥に戻った。噂通り、大きな一切れだ。

「110番通報ではなく――直接曽根崎警察に……?」

 櫻子は、腑に落ちない様子だった。篠原は、お預けの仔犬の様に櫻子に視線を向けた。その様子に、櫻子は小さく笑った。

「どうぞ」

 嬉しそうな顔の篠原は、タブレットを閉じるとカバンに戻してケーキにフォークを刺した。そうして、美味しそうに頬張る。


「――池波隼人は、犯人……そして、任意の事情聴取の初日で自殺……『冤罪』だと訴えて……」

 櫻子はそう呟いてから、静かにカモミールティーのカップを再び口に運んだ。

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