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アナグラム  作者: 七海美桜
罪びとは微笑む

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112/188

桐生・下

 炙り(はも)、鱧の湯引き、鱧の天ぷら次々に運ばれてくる。笹部は変わらず彼自身のペースで箸を進め、篠原は時折櫻子達の様子を見ながら遠慮がちに食べている。


「そもそも、桐生という人物像は?」

 まだ湯気の上がる鱧の天ぷらを口に放り込み、その熱さに「あちっ」と顔をしかめた宮城に、冷たいウーロン茶を竜崎が渡す。


「桐生蒼馬は、昭和54年生まれの今年で41歳。父親は先ほど言った斗真、母親は専業主婦の朱音(あかね)。斗真とは、大学生時代からの付き合いで斗真が弁護士になるとすぐに結婚したそうよ。兄妹は一人、一歳下の(まゆ)という人物。朱音は自殺で死亡、妹は現在、神戸の精神病院に入院しているわ」

「すごい家庭環境ですね……母親と妹さんは、その蒼馬と何か関係あってそんな事に?」

 宮城にお茶を渡した竜崎は水滴で濡れた手を拭き、手帳を出してそれをメモしようとした。

「あ、竜崎さん。桐生の話はメモしないで。『記憶』して欲しいの――もし何処かに流れると、日本でパニックが起こるわ」

 その竜崎を止めると、櫻子も炙り鱧を食べた。竜崎は小さく頷くと、メモをポケットに戻した。


「朱音と繭は――桐生に殺されたようなもの……『自分のコピーを作る』と言う発想で、……桐生に監禁されて強姦されて、『桐生蒼馬』の子供を産ませさせられたわ。自分の遺伝子で、自分と血縁で血が濃ければ、自分のコピーが産まれる確率が高い、と考えたらしいのよ」


 櫻子の言葉に、一同が動きを止めた。想像もしない言葉だった。母と妹を強姦した、それだけでも非道な行動なのに――子供を産ませた。それも、『自分のコピーを作る』という、普通の人間では、考えられない考えで。


「……子供は……?」

 宮城も、まだ目にした事が無い男に恐怖したように、掠れた声を漏らした。自分とそう変わらない年齢の男が、とんでもない事をしている事に、宮城は確かに恐怖を抱いていた。

「……子供は、生まれたんですか?」


「ええ、二人とも産んだそうよ。朱音が男の子を、繭が女の子を。どちらも施設に預けられたけれど――預けられてすぐに誘拐されたわ。現在も公安が必死に探しているけれど、二人の所在は分かっていないわ」

 ひどく残酷な話をしているのに、櫻子の表情は変わらない。笹部も、箸を止めて皿の鱧を見つめていた。

「子供が出来た時、蒼馬は十五の時。産まれた子供は――生きていれば、平成五年生まれだから……」

「今年、二十三歳ですね」

 笹部が櫻子の言葉に続けた。櫻子はその言葉に頷くと、真新しいタブレットを取り出した。そしてそれを、宮城に差し出す。


「ある程度の事は、このタブレットに書いてあるわ。桐生が起こしたと思われる、未解決事件の一覧よ。このタブレットのセキュリティは、そうそう突破できないから安心して――日本でトップクラスのハッカーに頼んだから」

「……誰、ですか?」

 笹部が、僅かに不審そうに櫻子に尋ねた。ネット関係は自分のテリトリーなのに、彼女から何も聞いていないからだろう。つまりこのタブレットのセキュリティは、笹部が作ったものではない。


「ごめんなさい、この件は私の『秘密の情報網』なの――何か必要な事が起これば、教えるわ」

 珍しく不機嫌そうな笹部に気を取られていた宮城より先に、竜崎が手を伸ばしてそのタブレットを受け取った。

「俺が読んで、課長に教えます」

「頼む」

 櫻子がタブレットを竜崎に渡すと、彼女もウーロン茶を飲んだ。篠原は、あの地下にいる恐ろしい男を思い出して、僅かに身震いをした。


「しかし、その桐生が――失礼ながら、我々に何か関係あるのでしょうか? お話を聞いた限り、確かに異常な犯罪者ですが私共に直接関係していると思えないのですが」

 並べられていた鱧を綺麗に食べ終えると、宮城は櫻子を見つめた。彼女の真意が分からない。竜崎は器用に片手にタブレットを持って、それに目を通しながら鱧を食べている。


「ミナミで起きた『キャバ嬢連続殺人事件』、キタの『堂島・豊中交換殺人事件』、同じくキタの『大阪市ホームレス連続殺傷事件』――これら、全て桐生が『精神科医』として犯人と接触している可能性があります」


「まさか!」


 驚いたように、宮城が声を上げた。竜崎も篠原も、驚いたように櫻子に視線を向けている。笹部も、ゆっくり櫻子を見つめた。

「犯罪者になるように、桐生が育てたんです。勿論、貴方達二人の事も桐生は調べているわ――だから、気を付けて欲しいの。万が一、家族や身近な人に桐生が入り込まない様に。閉じ込められているのに、彼はまるで手品を使うかのように、情報を手に入れる――そして、牢獄からも自在に出入りしているわ」

 宮城は、「……信じられない」と小さく零した。


「鱧すき鍋お持ちしてもよろしいでしょうか?」

 店主の言葉が、店内に大きく響いた。

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