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アナグラム  作者: 七海美桜
罪びとは微笑む

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111/188

桐生・中

 車は神戸淡路鳴門自動車道の淡路島南ICで降りると、南あわじ市にある料亭風の食事処に着いた。櫻子は彼女の性格らしい丁寧な運転で、二時間近くの運転をした。しかし、久しぶりだろう運転はさすがに疲れたようだ。運転席から降りると、腕を伸ばして体をほぐしている。東京生活が長いと、中々運転する機会がなかったのだろう。


 予約時間より早く着いたが、「どうぞ」と通されて店内に入るとカウンター席と座敷があった。座敷は四席が二組だったが、机を並べて貰った。

 上座に櫻子と宮城が並んで座り、向かいの席に竜崎、笹部、篠原が座った。

(はも)すきコースと、人数分のウニと焼きアワビでお間違いありませんか? お飲み物はどうされますか?」

 大将がそう声をかけてくれると、櫻子は残念そうに「ウーロン茶を」と頼んだので、全員がウーロン茶にした。


「桐生、とは誰ですか? 特殊な未解決事件の犯罪者でしょうか?」

 小鉢とウーロン茶が運ばれてくると、宮城が足を崩して背広を脱いだ。それに続くように、竜崎たちも上着を脱いだ。店内は冷房が効き、外の暑さとの対比にホッとした。もう、夏が近い。


「『秘密保護法』の事例の一つよ」

 ウーロン茶を一口飲んだ櫻子の言葉に、宮城と竜崎がぎょっとした驚いた顔をする。笹部は驚く事が少なく、篠原は『秘密保護法』を知らなかったからだ。


 『秘密保護法』とは、漏えいすると国の安全保障に著しい支障を与えるとされる情報を指定している。そしてその秘密を知ろうとする人は処罰されるのだ。『特定秘密の保護に関する法律』は全27条に及び、日弁連や市民の反対を押し切り2014年12月10日から施行された。


「一条課長……それを我々に話すのは、不味(まず)いのでは……?」

 自分の乾いた声に、宮城は同じようにウーロン茶を飲んでのどを潤した。まだ完全に肋骨が治っていないので、時折胸が痛む。


「私が大阪に来たのは、『桐生蒼馬』という秘密保護法に守られている犯罪者が起こした犯行の全てを把握するためよ」


 宮城の言葉を気にせず、櫻子はそう続けた。そうしてそれを聞いた彼らにとっては、あまりにも衝撃的な内容だった。大阪の犯罪心理行動の遅れを補うために櫻子が来た、と聞かされていたからだ。

「これは、刑事局長と刑事局長派閥の一部しか知らないわ。曽根崎署の署長も副署長も知らない――極秘任務なのよ。その為に私が警察官になった、という事なの」


「しかし、なぜ我々に?」


 宮城はまだ完全に櫻子を信用していない、これからの行動で決めると語っていた。竜崎とも、そんなに親交がある訳でもない。

「――圧倒的に、不利なのよ。私たち三人では」

 それは、櫻子がこちらに来て桐生と対面してから実感した事だった。東京で刑事局長に『極秘任務』を任された時は、直ぐに片がつくと思っていた――しかし、彼は櫻子が思っていたよりずっと上手だった。


「何故、その任務を警視が任されたのですか? それに、何故大阪に来られたのですか? そんな危ない犯罪者なら、東京で厳重に警護されているんじゃないんですか?」

 竜崎は、静かに尋ねた。相変わらず笹部は会話に加わらず、小鉢に箸をつけていた。篠原も、自分では何も協力できないと知っているので、同じように食べ始めている。ただ、桐生の存在と櫻子の関係が少しは分かるかと、ちゃんと話を聞いていた。


「桐生蒼馬とは、IQ187の天才。そして、人を殺すことに何の躊躇(ちゅうちょ)もないサイコパスよ。警視庁が把握している限り、起こした事件は関西圏で500件以上。その三分の一も証拠が見つけられず――何度捕まえても脱獄されての繰り返し。彼は、大阪府豊中(とよなか)出身。父親は、現在参議院議員の桐生斗真(とうま)――次期大臣の噂もある人物よ」

 その議員の名は確かに聞き覚えがあった。

「私の両親は、二人共大阪の交番勤務の巡査だったわ。そして、母親の佐久間(すみれ)は、まだ殺人を起こす前の少年だった桐生蒼馬を補導して知り合ったの」

「……え?」


 宮城と竜崎は、櫻子の生い立ちを知らない。『刑事局長の姪』だとしか聞いていなかった。警察官の子供だったとは、初耳だ。


「人に共感しない桐生蒼馬が、初めて執着したのが私の母。そして彼は、私の父を刺して殺した。駆けつけようとした母は、交通事故で死亡した――私を引き取ってくれたのは……村崎(むらさき)刑事局長の妻である、母の妹の百合(ゆり)さん。桐生蒼馬は菫に似ている私に執着しているので、私になら事件の事を話すだろうと刑事局長に頼まれたの。引き取られてから、毎日そう聞かされて育ったわ」

 確かに、血は繋がっている。しかし、娘程の親族に凶悪犯の捜査を任せるとは、刑事局長の真意が彼らには分からなかった。犯人が執着している母親に似ている娘を使って、犯罪者の起こした事件を調べる……まるで、漫画やドラマだ。


「しかし、桐生は直ぐに脱獄するのでしょう? どうやって彼とコンタクトをとるのですか?」

 冷房が効きすぎなのに、宮城はおしぼりで額の汗を拭った。たった一人の犯罪者の為に、少女がエリート警察官になる。しかもその犯人は、500件以上に手を染めている? 長年警察官として働いているが、聞いた事もない。


「桐生は今、捕らえられているわ。公安が、彼を保護しているの」

「え……?」

 ここで公安が出て来るとは、思ってもいなかった。

「私の父を殺害してから、彼は兵庫県赤穂の地下深くで十年以上近く捕らえられているの――私が刑事になり『それなりの役職』になった時に、会える条件で。だから、私は警視となり大阪に来たの。大阪を中心に自由に行動できる権利を与えられたのは、兵庫県にも自由に入る為よ」


 まるで、おとぎ話の世界だ。宮城も竜崎も、呆気(あっけ)に取られている。

「次の料理を運んでもよろしいでしょうか?」

 何やら深刻そうな話に遠慮していたのか、店主が静かになった一向に話しかけた。

「ええ、お願いします。さ、食べて?」

 それに返答しながら、櫻子は宮城や竜崎に料理を勧める。そうして、自分も箸を持った。複雑な顔で二人は顔を見合わせたが、宮城が食べ始めると竜崎もようやく小鉢を手に取った。

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