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アナグラム  作者: 七海美桜
キルケゴールの挫折

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104/188

繋がり・上

 池田が運転する車内で曽根崎警察署の富田に連絡をして、アパートに放置されている掛川の遺体を調べる様に連絡をした。それから刑事局長に連絡をして、桐生の面会に真田と池田も立ち会わせられないかを確認した。しばく返答がなかったが、「構わない。向こうには連絡をする」と許しを貰った。

 池田の運転は相変わらず丁寧で、車は滑らかに赤穂市の水耕栽培工場に着いた。


 変わらず出迎えてくれた公安の青山だが、少し体調が悪いのか青い顔をしていた。

「桐生が外に出た事がありませんか?」

「まさか! この施設を抜け出す事が出来るなんて、絶対にあり得ませんよ」

 地下二十五階まで下りるエレベーターの中で、櫻子の問いに青山は青い顔のまま首を振った。櫻子は何かを言おうとしたが、諦めて口を(つぐ)んだ。もしかしたら――青山は、『桐生に支配されつつある』のかもしれない。本人は自覚しなくとも、だ。


「真田先生、池田君。桐生の目は絶対に見ないでね」

 ここまでの施設は予想してなかったのだろう。真田と池田は、僅かに驚いた表情で視線だけ動かして辺りの様子を見ていた。


「目を? なんか意味あるんですか?」

「桐生は、視線だけで相手を支配できるの。洗脳が得意なのよ」

 自分の投げ掛けた問いに答えた櫻子を見て、池田はゴクリと喉を鳴らした。真田は、冷静ないつもの面持ちだった。


「今日は、野蛮な連れだね。櫻子さんには似合わないよ?」

 エレベーターを降りて、一歩足を踏み入れた途端。ガラスの前にいるだろう桐生の声がスピーカー越しに聞こえてきた。池田がきょろきょろと辺りを見渡す。

 今日の桐生の声は、穏やかだがどこか無機質に聞こえた。

「貴方が私の仲間を傷つけたからでしょ?」

 ガラスの前に着くと、マイクのスイッチを押して櫻子は桐生を睨みつけた。そうして、用意されていた椅子に座る。真田も池田も櫻子の後ろに並べられた椅子に座る。言われたように、桐生の瞳は見ないようにしている。だが、どんなに探しても検索できなかった彼の容貌を、確かめているようだ。


「篠原君は、もう目が覚めた頃じゃないかな? 笹部君の腕の傷も、そう深くはない。宮城さんは、災難だったね。でもドアのおかげで、威力が大きかった釘爆弾の直接的な威力は避けれたと思うよ」


 やはり、爆発の瞬間の事も彼に知られている。


「弁護士の真田先生と、桜海會舎弟頭の池田君ですね。最近僕の櫻子さんがお世話になっているね、ご苦労様」

「やめてよ、私は貴方のものなんかじゃないわ」

 櫻子は、ぞわりとした感覚を背中に受けた。珍しく、桐生は櫻子の後ろの二人を威嚇しているようだった。表情は変わらず、柔らかい笑みを浮かべてはいるが。


「ガラスが分厚いから、マイクを使って話してるんですか?」

 池田が後ろから、櫻子に尋ねた。

「そうだよ、池田君。でも僕は、読唇術も得意なんだ。そう言えば、君は十二年前に刺されて生死をさ迷ったんだっけ? 傷は残っているだろうね? 痛かったかい? 怖かった?」

 桐生は、笑顔で池田に向き直った。池田は、突然の事に思わず桐生の顔を直視してしまった。直後、彼の瞳から視線が離せなくなり、恐怖と言う感情に全身が支配されたのか震えだす。


「馬鹿ですか!」


 慌てて隣の真田が池田の頭を押して下げさせた。池田は、真っ青になってがくがくと震えていた。

「嫌がらせはやめて頂戴。彼らは、私の手伝いをしてくれているのよ」

「ふふ、怒ったのかな? でもね、僕は彼らの後ろにいる男が邪魔なんだ。だから、桜海會と君が一緒にいるのは、気分が良くない。篠原君と笹部君は、特別に許しているんだよ?」

 桐生の言葉に、櫻子は怪訝そうな顔になる。香田の事を、桐生は言っているのだろうか。

「『三人目』は、貴方なの?」

 櫻子は、本来の目的の言葉を口にした。しかし、桐生はにこやかに笑みを深めた。

「『三人目』? まさか。そうだね――僕は、『〇人目』だよ。君風に言うのなら。僕が、始まりだ」


 桐生の言葉は、櫻子が想像していたものと違っていた。小さく、息を飲む。そうなると、『三人目』は他にいるのか?


「『〇人目』……?」


 櫻子は、以前彼が口にした言葉を思い出した。


「国府方紗季と吉川美晴を結ぶものが、まだ残っているよ? まだ、君は気付いていないだけ――さて、何だろう」

「それが分かれば、次の犯人ももっと早くに見付けられるかもしれないよ?」


 あの時に気付かなかったから、池波が罪を犯してしまったのか。それが分かっていたなら、今回の事件は起きなかったのか。


「しかし、今回のアナグラムは篠原君が問いたそうだね。そろそろ、一見意味がある日本語のアナグラムは厳しくなってきたようだ――それとも、篠原君も少しは成長したのかな?」


 桐生は、この地下二五階のガラスの箱の中にいても、どこか優位な表情だった。

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