痕跡・下
櫻子は、海藤の爆発の時の事を思い出す。
彼は、『爆発死をした昨日』に『池波が実は本当は彼が犯人だった』と、知った筈だ。それに、海藤が櫻子達の前でドアを開けようとして、爆発が起きた――あの海藤が、櫻子達を道連れに自殺しようとしたとは考えられない。
海藤を爆発で殺害した者が、手紙も偽装して掛川も殺害したのだ。自殺で死んだと思わせる為に。どう考えても自殺と思えないが、最終的に警察が『自殺と処理しやすい』為に、とも思える。
多分こんな小細工をしたのは、一連の『三人目』だろう。
しかし、昨日死んだ海藤の手紙と一週間前くらい前に死んだ掛川と時系列を考えると、『この手紙が不自然』なのだ。この手紙は、本来『池波が持っていた』と考えると不自然ではない。海藤と池波は同僚だからだ。掛川は海藤――神崎の名前を知っていても、面識があったとは思えない。だがしかし、文面は間違えなく海藤から掛川宛だ。
「もしかして、掛川が早く死に過ぎてしまった……?」
そう考えると、辻褄が合う。池波が『警察にバレて動揺して自殺』、海藤が『自分のせいで死なせてしまったと爆死』、『池波を止められなく、責任を感じた掛川が最後に自殺』。この流れなら、『三人目』はあまり重要視されずにいずれ捜査対象から外されるだろう。今回の件に関して、『撮影した』件でしか存在が明らかでない。大した罪にならないからだ
半分ぐらい燃え残った箱を手に取り、宛先を見る。やはり、送り先も送り元も掛川の名前になっていた。
しかし、指定日を見て櫻子は首を傾げた。『06月12日』と書かれていた――様に見えたのだが、06月02日とも見える文字だったのだ。
「池田君、この数字なんて見える?」
突然箱を見せられた池田は、驚いた表情になる。
「え? ――んー、16月12日でしょうか?」
「真田先生は?」
「字が汚いですね――06月02日に、私には見えます。池田君、貴方馬鹿ですか? 16月なんてないでしょう」
ハンカチで口元を覆ったまま、呆れたように真田は伝票から池田に視線を移した。それらを聞いて、櫻子は考え方を変える。この爆弾は、本当なら『6月12日』に届かなければならないのに、『6月2日』に届いて、掛川を殺してしまったのだ。
池波が『警察にバレて動揺して自殺』、海藤が『自分のせいで彼らを死なせてしまったと爆死』、『池波を止められなく、責任を感じた掛川が自殺あるいは自事故死』。海藤は宮城にも釘爆弾を送った事があるから、自殺にそれを選んでもおかしくないだろう。
海藤と掛川の死ぬ順番が、逆なのだ。これは――『三人目』の、失態かもしれない。
「すみません、ちょっと他の部屋見てきます」
「じゃあ、私たちはアパートの前で待ってるわ」
池田は頷いて立ち上がると、足早に部屋の外に出た。気分の悪そうな真田を見かねて、櫻子も真田を連れて103号室を出る。
あの日、櫻子は掛川を探すつもりだった。しかし、「と、か、な、く、て、し、す」の逆、つまり「咎ありて死す」となるとアナグラムを解いた。だから池波が犯人だともし知ってしまった海藤が何かをする――自殺、だと確信していた――前に、海藤に会いに行くと急に変更したのだ。
海藤が死んでしまう場に居合わせたのは、全くの偶然だった。もしかすると、櫻子があの日会いに行ったから、爆発に巻き込まれたかもしれない。
――考えろ、と櫻子はその時何か不自然な事が無かったかを思い出そうとする。しかし、思い当たることが何もない。
「お待たせしました。あの部屋以外は、綺麗になってました」
池田が戻って来た事で、櫻子は考える事を中断した。
「どうも、金剛組は掛川の死体を知っていたみたいですね。バレない様に、撮影機材やダビングする機械、発送用の資材、顧客データの入ったパソコン、何もかも全てありませんでしたよ」
池田の説明によると、101号室は、DVDに出る役者の控室。102号室と103号室は金剛組やバイトの寝泊まりできる控室。104号室は在庫を置いている部屋。201号室と202号室はぶち抜きになっていて、撮影現場。203号室でダビング。204号室は衣装など撮影に必要なものを置いていたらしい。
櫻子達が入った103号室以外は、それらが全て片付けられていた。だから金剛組も邪魔な死体を始末する為、素直に教えてくれたのだろう。
「そう言えば、203号室にこれだけが落ちてました」
池田は、ハンカチ越に摘まんでいた紙袋を櫻子に渡した。手袋をしていた櫻子は、迷わずにそれを受け取った。
『頓服 28日分1日1回3錠 池波隼人殿』と書かれた、紙の薬袋だった。手書きでヒルナミン錠(5mg)と書いてある。中身は空だった。
「精神系のお薬みたいね――有難う。それより池田君、指紋大丈夫?」
ふと、櫻子は彼らを余計な事件に巻き込んでしまってないか心配になった。しかし池田はへらりと笑うと、手にしているハンカチを揺らした。
「最初に103号室に入った時も、他の部屋調べた時もハンカチ使ってますよ。姐さんに迷惑は掛かりません、大丈夫です」
その言葉に、櫻子はほっとした。
「ありがとう、助かったわ――曽根崎警察にここの事を連絡してから、私は行かなきゃいけないところが出来たわ」
櫻子の言葉に、真田がまた眼鏡のフレームに手を触れさせた。
「『桐生蒼馬』に会いに行かれるのですか?」
その名を真田が口にした事に驚いた顔をしたが、櫻子は小さく頷いた。
「貴方の手足は今はおられないようですので、私共が一緒に行きます。池田君、赤穂まで行きますよ」
真田は瞳を細めて小さく笑むと、さっさと助手席へ向かった。池田は驚く櫻子の腕を引いて、後部座席に案内した。
「遠出になるなら、やっぱり姐さんの好きな音楽積んでおいたら良かったですね」
ドアを閉めて、池田は人懐っこい笑みを浮かべた。




