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アナグラム  作者: 七海美桜
キルケゴールの挫折

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痕跡・中

 やはり、探す相手の身近な人物からの方が、迅速で確実な情報が手に入る。池田は、金剛組の舎弟頭の野中から、掛川が居るだろうアパートの一室を教えて貰った。掛川は、いわゆる『裏DVD』と呼ばれる無修正の性行為映像の撮影と焼き増し、販売をして金剛組のシノギの一部を(まかな)っているグループに居た。


(ねえ)さん、この件は……」

 裏DVDの販売は違法だ。それに、この売り上げが上の桜海會にも献上されるのだろう。『暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律』が年々厳しくなる中、シノギが減るのは桜海會にとっても金剛組にとっても、頭が痛いのだろう。それに、この商売を櫻子が摘発する様な事があれば、桜海會が金剛組を売ったと思われてしまう。


 池田は手を合わせて、櫻子に頭を下げた。真田はその隣で、静かに控えていた。

「大丈夫よ。私は、今は掛川だけが目的なの。それに、その件に関しては私の管轄外だわ」

 櫻子が軽く手を振ると、池田は明るい顔になってそのマンションへと車を向かわせた。彼がハンドルを動かす度に、重ね付けされている金属製のブレスレットが擦れて小さな音を立てる。


「姐さんは、どんな音楽が好きですか? 今度、用意しますね。この車、今は俺の好きなのしか乗せてなかったんで、真田せんせに止めろって言われたんで消してるんです。静かですんません」

「池田君の聞く音楽は、とにかく派手で賑やかすぎて会話が出来ないんですよ。私を乗せている時も、そんな気遣いして欲しいですね」

「真田せんせは、会話らしい会話あんまりしてくれへんやないですか。あの音楽流していたら、丁度いいんですよ」

 眼鏡の位置を直しながらため息混じりに呟く真田に、池田は笑いながら左肘で彼の脇腹をぐいぐいとつつく。その光景を後ろから見ていた櫻子は、この組み合わせがもう馴染んでしまった、『自分のチーム』に似ているように感じた。


 笹部と篠原。真田と池田。みんな個性的で違うと分かっているのだが、『動と静』の組み合わせが意外に上手くいく。そう、思わずにいられない。

 そして、まだ目を覚まさない篠原を思い出して、僅かに不安になった。

「ここですね」

 池田の運転する車は、西成区の()びれたアパートの前で停まった。

「アパートごと、金剛組が買い上げてるらしいです。掛川が寝泊まりしてるのは、103号室です」

 アパート前の道は狭いが、あまり通る人も車もない様なので、池田はそのままエンジンを切った。そうして急いで降りると、櫻子が下りる為ドアを開く。それがあまりにも自然で、櫻子は素直にエスコートされるまま車から降りた。


「真田せんせと姐さんは、ここで待っててくれますか?念のため、です」

 助手席から降りる真田にそう声をかけると、池田は103号室に走って行った。

「本番の撮影中ではないか、気にしたんでしょう。貴女に下世話なものを見せない為に。彼は武骨な面も多いですが、若の護衛を任せられるくらい、気遣いが出来る様になりました」

 櫻子の隣に立った真田が、派手な池田の背中を見てから櫻子に視線を移した。

「真田先生は、池田君の事気に入ってるんですね」

「は?」

 思ってもいない言葉を言われたのだろう。真田が、思わず彼らしからぬ声を上げた。その様子に、櫻子が小さく笑った。

「あんなに派手な人、一緒にいても落ち着きませんよ。マシになった、という感想だけです」

 真田は、癖なのかまた眼鏡のフレームを押さえて、大げさな溜息を零した。


 視線の先で、池田が呼び鈴を何度も押してドアを叩いている。そうして、ノブを掴んで回す――ドアは大きく開けられた。池田はそのまま中に姿を消した、が、すぐに再び表に出て櫻子と真田を呼ぶように大きく手を振った。

 櫻子と真田は思わず顔を見合わせてから、103号室に足を向けた。



「傷み始めてるわね……もう六月だけど、少なくても一週間は経ってる様に見えるわね」

 アパートは、六畳一間だ。小さいキッチンとトイレはあるようだが、家具はほぼなく電子レンジとビールの空き缶やコンビニのお弁当のゴミ、雑な万年布団。そうして、その布団の上に若い男が横たわっていた。動画で見た、掛川に間違いないだろう。


 「だろう」と言うのには、訳があった。掛川の上半身は激しい損傷を受けていた。大きな釘やネジや小さなナイフが、彼の上体を沢山貫いていた。そう――宮城に送られたものより威力の高い、釘爆弾を正面から受けたのだろう。

「姐さん、大丈夫なんですか?」

 遺体の脇に屈んで様子を見ている櫻子の隣に、同じように屈んでいる池田が驚いたように彼女を見た。櫻子は小さく微笑む。

「ええ、もっとひどい状態の遺体も見てるから――真田先生は、外に出られた方が良くないかしら?」

 櫻子が首だけ後ろに傾けると、口元をハンカチで押さえた真田が青い顔をしていた。

「私の事は、気になさらずに……」

「これが、爆発したんでしょうか?」

 真田の事を気にした風でもなく、池田は掛川の遺体の手から落ちただろう、箱だった名残の燃えカスを指した。

「そうみたいね……あ、何か紙が……」

 少し離れた所に落ちていた、綺麗に折りたたまれた紙を、櫻子が見つけた。散らばった釘を踏まない様に、手袋をはめた手でそれを拾い開いた。


 『私のせいで今回の事件が起きた事を、悲しく思っています。私は、先に逝きます。掛川君も、どうか罪を償ってください   神崎健』


 震えるような、僅かに乱れた文字だった。

「んー……じゃあ、こいつ自殺ですか? わざわざ、爆弾作って?」

 一緒に覗き込んでいた池田は、視線を上げると異臭が漂う掛川の遺体をもう一度見直した。

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