無垢のインケラーシャ3
帝国にて原生群島と呼称する島嶼部、その一つ、キドラク。原生群島の少し南寄りに位置するその島は、太古の時代から原住民が暮らし、その信仰も帝国とはまるで異なる文化を花開かせている。その小さな集落の長に、ホロウメラデュラと思しき『生命体』の存在について、話を聞くことができた。
長は男性だったが、ヨボヨボに老け込み過ぎていて、ほぼ性別というものを失いかけているように見える。およそ八年くらい使い倒したタオルみたいな男だ。
「待て」
「は」
「は、じゃない。集落の長の老け込み具合は必要な報告なのかい」
「私は読み上げているだけですので」
「必要ないってことだろう?」
タオルはまだ喋ることができた。
「あ、この! ぼくを無視したな! 失礼だぞ! ぼくにもタオルにもっ! 間違えた長にも!」
島のハーブを用いて点てられたお茶をすすり、長は語り始めた。
『かの国、生まれ落つる太古の昔より、神の印はこの島に根付いておった』
「ずいぶん流暢なタオルじゃないか」
『其は生きとし生くるすべてに宿り、心の臓器に根を張りて気を吸い、或いは気を吐き、さながらフジュの如くこれを生かす』
彼の言うフジュとは原生群島特有の概念らしい。祈祷師、占い師、そして医師を包含するような言葉だったようだ。
ホロウメラデュラ(と思われる生命体)について、集落の長は多くのことを語ったが、その言葉の端々から一貫して伝わるのは、我々が感じるような『悪性』を彼らがホロウメラデュラに対して一切抱いていないということだった。
彼らはホロウメラデュラの『悪性』を認知していないどころか、それをむしろ『善性』に近しいものとして捉えている。いやそれどころか、もっと高尚なもの、すなわち『神性』として彼らには認識されていると言っても過言ではない。それは、キドラクの土着信仰と関わる。
「魔王様、これを」
「なんだい? 石くれのようだけど」
「ダグシェーダーが、キドラクの洞穴絵画から一部拝借してきた、とのこと」
「洞穴、絵画……だって? いったいキドラクの原住民族は、いつからホロウメラデュラの存在を認知していたんだ」
長は私に手のひらほどのサイズの石くれを手渡して見せた。ゴロンと転がったその石くれには、引っ掻いたような図柄が見て取れる。太陽のような天体と、倒れ伏した子ども。傍らに根を張った広葉樹、雨粒のように降り注ぐ光。時系列を表現するものだろうか、複数の図柄が連続する様は、いくつかの古代文明で見たことのある手法だった。
『はじめに其が根を張りしは幾千年も前のこと。この島に生まれ出でしハクナという少女が床に臥せた。その時分では祈りこそあれ、薬は存在しなかった。生まれる子どもの三つに一つは、成人の儀を迎えることも叶わずに土に還っていった時分。まだいとけき子どもなれば、何の変哲もない風邪っ引きですらも致命的であったのだ』
長は自分の皺だらけの手を見つめてそう言ったが、それはやはり悲しみや悔恨、怨嗟といった類の感情ではなかった。彼の瞳から読み取れるのは、郷愁のような懐かしさ、それに慈しみのような優しさだ。
『キドラクの民は総出でハクナの看病に当たった。病が移る恐れがあった子どもたちを除いて、動けるすべての村民がハクナのために滋養強壮の食料を手に入れ、消毒作用があると信じた薬草を磨り潰し、湯を沸かして悪魔を祓おうとした』




