無垢のインケラーシャ2
ぞくり、と背筋の凍るような感覚が、怖気の走るような身震いが駆け抜けた。
王の視線が、冷徹に耀いていた。これまでの飄々とした、泰然たる王の姿とは空気を異にしている。しんと静まり返った黒曜の箱庭の中、凍てつくような魔力の流れが足元に沈殿している。
「ウカノキに偽装したホロウメラデュラの個体が、乾燥地帯で発見されたとの報告が上がっている。ゼプキル市民が精神汚染系統の魔術の影響を受けた痕跡があるとも。大概ゼルの仕業かと高を括っていたが、直接の原因は奴ではないな?」
ゼプキル市からの報告は、ストースの使い魔を通して逐一伝わっていた。毎度毎度、無邪気なまでに多様な小動物が情報を携えてきたものだ。一見して鷹やら烏やら、普通の動物と変わらない生物に見えたが、それらは王城に辿り着くや否や、薄ぼけた光の中に半透明に消え行き、文字媒体を残して役目を終えた。
「脳障害に侵された民衆が特危管の行動を阻害したという報告ですが、まだインケラーシャの影響について、確定的な情報が出たわけではありません。しかしながら、仮にこれらがホロウメラデュラの影響であると仮定すると」
「ヒトに『感染』する惧れがある、ということだろう」
歯嚙みするように、魔王はその眉根を顰めた。
彼女が何を想起しているのか、想像に難くなかった。インケラーシャの『感染』を抑えるために、魔王が一つの村を焼いたのは、それほど昔の話ではない。
「それで」
「は」
「ダグシェーダーは何だって? あの子はあの子で調べて来たんだろう」
頬杖をついて、魔王は苛立たしげに鼻を鳴らした。
「は、報告いたします」
胸のポケットから折りたたまれた紙片を取り出した。かさりと音を立てた紙の端が、ひらりと目の前に拡がっていく。折り目を戻せば戻した分だけ、次から次へと拡がっていく。宙に浮かせた文書は、私の身体をぐるりと一周するほどの長さになった。
「なんか長くない?」
「では申し上げます」
ダグシェーダーの思いのほか可愛らしい小さな筆跡を流し見る。小動物がいたずらに駆けまわったような文字の一つひとつ。しかし、内容はそれほど可愛らしくはなかった。
「原生群島における、ホロウメラデュラの神性について」
「……はい?」
軍政三極、諜報局長ダグシェーダーによる、趣味の調査報告が始まる。




