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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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無垢のインケラーシャ1

 

「やぁ、よく来たね」

「いえ。私のような者がお招きにあずかるには、ここは身に余りまする」

 背後の大扉は静寂のうちに手を合わせて閉まった。ごとん、と仰々しい音がしそうな巨大な門扉だが、赤子の寝息程のささやきもない。

 先程まで案内されていた大広間は実に煌びやかで豪華絢爛といった様相だった。しかしながら、そこから門扉ひとつを隔てたこの場所はまるで違う。黒曜石の煌めきと最奥の仄暗いガラスから差し込む陽光の中。荘厳なレリーフが彫られた権威の間。

「しかし悪いね、銀狼」

 細くしなやかな脚を組み替えて、彼女はこちらを愉しげに見やる。清らかで、愛らしく、それでいて優美な少女。年端もいかぬ彼女は、しかし愚鈍な自分ですら肌を刺すほどに思い知らされる。王圧ともいうべき絶対的な魔力が身を包む。

「本当はぼくが『(スピア)』に出向くつもりだったんだけど。昔馴染みから、ちょっときな臭い動きを聞きつけてね。そちらにかかりきりになってしまった」

「畏れ多いことです。なんなりとお申し付けくださればよろしいのに」

「それで? ミィナは何の用だったんだい?」

 帝国領第二区、軍事産業に活気づく鉄血の街イテウ。そこに本拠を置く、帝国の研究機関の一つ『(スピア)』。魔王はミィナという研究者と懇意にしており、自分はその代役で、この場に招かれた。ミィナの暴き出した事実を語るために。

「ホロウメラデュラの生態、あるいはその省察について」

「ほぅ? なるほどね。それはつまり理屈がつく、ということかい?」

 彼女は興味深そうに首を傾げた。艶やかな長い黒髪が、膝元に一束落ちかかる。

「インケラーシャとは超常であり異常。その現象を指す言葉だった。少なくとも今日までは。天災と同様、原因こそあれ、意味を見出すのは無為だった」

「インケラーシャに物語は無い、と」

「それが、通説であったはずだね?」

「これまでの経過実験からの考察と、今回は特例として、ダグシェーダー様のお力を借りることができたそうです」

「ふぇ!?」

 珍しい反応だった。魔王がここまで驚く顔を、私は見たことがない。いや、そもそも機会が無ければ謁見を許されるような相手ではないのだが。

「よく頼まれたもんだね。あの子、見かけによらず忙しいんだよ、というかよく会えたね?」

「それが、ダグシェーダー様の方から来てくださったのです」

「はい?」

 魔王の惚けた顔も当然だ。

 魔王軍中枢、軍政三極のひとつである諜報局を束ねる頂点。謎に包まれた少女、ダグシェーダー。彼女を直に見た者がそもそも軍上層部にすら数えるほどしかいない。まるで靄を身に纏ったような存在だ。

 気まぐれに現れた彼女はミィナと正面から向かい合ったそうだが、すでにミィナは彼女の素顔を思い出すことができない。

 まるで陽炎が揺らぐようだった。そうミィナは語った。可視光をそもそも反射していないのか、あるいは波長の海に溶けてしまうのだろうか、と。

「前に会ったときは、インケラーシャには興味なさげだったのになぁ」

「それは今でも変わらないようです。ダグシェーダー様は、トキ君に興味を持ったようで」

「なんだって……?」

「お会いしたことがあったんでしょうか」

「…………まぁ」

 魔王は歯切れの悪い調子で、ぶっきらぼうに応えた。なにか思い当たる節があったのだろうか。噂では、魔王とダグシェーダーは仲がいいらしいが。

「まぁ、そんなことはいい。確かにダグシェーダーが協力を申し出たというなら、期待していいんだろうね。聞かせてもらおう」

「かしこまりました。それでは、まず結論から」

 一礼して、私は改めて魔王に向き直った。

「インケラーシャ、特危名ホロウメラデュラには、極めて生物的な生存本能が備わっていたと考えられます」

「生存本能、か。生きているとも言えぬ現象に?」

「結論に至る根拠が二点」

「それは?」

「まずは、ミィナの経過観察から。一言で申し上げて、その生態は、植物となんら変わりません。構造的には単子葉系の植物と全くの同一。有性生殖によって種子を生み、個体を増やします」

 数枚のスケッチを宙に固定する。グロテスクな内臓を思わせる真っ赤な花弁、根を覆い尽くす逆棘、地に零れ落ちる数粒の種子。

「なるほど、見た目の異質さはともかく、まるでただの植物というわけだ」

「えぇ、実在する植物の中には、外見がこれより突飛なものなど、探せばいくらでもあります。見る限り、観測される限り、これは植物と変わらない。それが、ミィナの出した結論です」

「見る限り、観測される限り、か。それでは」

「はい。しかしながらミィナはその外側に、ホロウメラデュラの本質があると見た」

「ひねくれたやつだね」

 私は手元の杖をコツンと鳴らした。王の間の漆黒の壁にそれは響き渡り、澄み切った氷の中にいるかのように、無限にも近しい音叉の木霊を聞いた気分になる。魔術によって私の手の中に生み出された小瓶が、カランと乾いた音を立てて私の掌に転がる。

「彼女によれば、ホロウメラデュラ、その繁殖方法は特異極まる。種の維持のために個体情報を複製していくのではなく、周囲を侵食する形で自己と他者とを変成し、混成しながら増殖していく」

 小瓶の中の透き通った精製水の中に、私は真紅の半液体を一滴、落とした。その刹那、見る間にそれは水中を這い回る。まるで(かび)の菌糸が根を張るようだ。その一本一本が絶え間なく動き回り、さながら腹を空かせた獣のそれであった。

「まさか」

「はい、これが、ホロウメラデュラの本体です」

「実体は、植物ではなく……」

 魔王の言い淀みを補完すべく、私はそれに代わる言葉を繋いだ。

「寄生虫の類でしょう」


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