徒花の希望1
魔力放出による衝撃波が、僕の身体を吹き飛ばす。
水面を拳で叩きつけるようだった。
「うわっ」
仰け反って転がった四肢を必死に起こす。
膝を付いて見つめる先から、目を覆うほどの輝きと轟音が閃く。
雷光が堕ちたようだった。否、落ちている。幾度も、幾度でも。
いかづちの閃光が大地に亀裂を走らせ、衝撃波の連鎖は止むことが無い。
「何が起きているんです!?」
ストースが僕の前に防護壁を張る。ヘルメスの魔力防壁とはタイプが異なる、土と植物が絡みついたような、魔術と質量を重ねた壁だった。
「まりょく、すごい……あのます、おれた?」
僕が彼女を呼ぶ前から、シヴがするりと防護壁の内側に滑り込んでくる。
宝樹の麓に眼を凝らして確かめるが、同時に思わず眼を背けそうになった。魔力が視える僕の瞳は、巨大すぎる魔力を視ることに慣れていない。網膜に映し出された太陽じみた魔力量に、脳を焼かれそうになる。
「折れてない。アノマリスは無事だ。無事で……その、」
「トキ君?」
「信じられない、まさか。ハナちゃん……?」
「トキ、どうした――」
シヴが言い終わる前に、僕は駆け出していた。
「っ!!」
暴風を掻きむしり、雷鳴のさなか、露わになった無惨な大地を踏みしめて。
「シヴ、ついてきて! ストースさんは回復魔術の用意を!」
「ゆぬ、ついてく」
「それは良いですが! 気を付けてください!」
霧雨の浮き流れる宝樹の幹の下。朱く染まった天使が、雷撃の中で天を仰いでいる。触れてはならぬ禁忌に足を踏み入れたような気がした。
地を薙ぎ払うような衝撃波が僕らを襲った。
「んゆぬ……」
「シヴ、大丈夫!?」
魔力の見える僕はすんでのところで避けられたものの、シヴはもろに当てられて仰け反っていた。
「いたくないが、やっかい」
言葉通り、髪が乱れた程度で彼女は気にも留めない様子だった。僕は烏色の短剣を懐から引き抜き、構え、シヴの前に立つ。迫り来る波動に刃を突き立てた。眼を視開き、切り裂かれた豪風の手応えを確かめる。
「おお、きれる」
「うん、魔力風だから、この短剣で消せるみたい。僕が前を走るよ」
「ゆぬ、まかせた」
さらに眼を凝らす。視える速さだ、問題はない。魔眼の使い過ぎだろうか、視神経の気だるさが眼窩で蠢いていた。足の筋が伸びきっていて、ふらつく足取り。足の指先がなんとか踏ん張りを効かせている。
あと少し。もう少し。手の届く距離にマリアの姿が迫ったその瞬間。さながら収縮した星が崩壊するように、マリアが内側から炸裂する雷光を閃かせた。
「ぐっ……」
思わず目を覆うような閃光。
しかし、耳をつんざくような雷鳴は聞こえなかった。
視界の真ん中で、マリアの姿が一瞬だけ、波打つ水面のように見えた。
刹那、音もなく、怪我もなく、蛍火のような光の中から、小さな人影が放り出される。
「レナ!」
シヴの叫びを耳に流し、僕は禿げた土壌の上に無心のまま身を投げた。墜ちてくる少女の背中を受け止め、頭を抱え込む。衝撃を殺すように土の上を転がった。
「っレナちゃん……レナちゃん!」
抱きかかえた少女はぐったりと力無い。だが、外傷はほとんど見当たらない。むしろマリアに同化する前よりも、肌の擦り傷は少なくなっているようにすら見える。しかしながら、魔力量が極端に低い。これ以上欠乏すれば死んでしまいかねない。
「ぁ……ハナ、ちゃん、が」
小さく、浅く、レナの喉奥から呼吸が漏れる。
「レナちゃん、深呼吸! ゆっくり……!」
薄く目を開いたレナは、悪夢にでもうなされるように、うわごとの中でハナの名前を呼んだ。間髪入れず、僕らの四方に魔力矢が突き立ち、周囲に草花が茂り始める。
「失礼します。トキ君、ここは任せなさい。あれをご覧。まだやることがあります」
ストースの呼ぶ声のまま、彼が指さした先を見た。
気付けば既に雷鳴は止んでいた。うねるような衝撃波も。だが、魔力の滾りは収まらない。片腕と片翼を失った手負いの天使が、血に塗れたまま、そこに立ち尽くしていた。
ベージュの髪、浅い褐色の肌、細く伸びた手足。
マリアではない。
もうマリアではなかった。
紛れもない、見紛うことのない、鮮血に染まったハナの姿がそこにはあった。




