その少女の追憶4
明後日の夕暮れ、レナちゃんはやはりバタバタとやってきて――珍しいことではなくて、彼女は毎日私の部屋を開放しに来る――いつもより頬を幾分紅潮させた様子で入ってきた。
「ハナちゃん、行くよ!」
「その恰好ではいけないよ。樹のそばなんでしょう?」
「あぁ…………そうか!!」
はっとした様子、ではない。抑えきれない高揚感に突き動かされて、脳が正常に働いていないのだろう。薄い桃色のワンピースは、どうみても外行きの服ではない。暖炉の焚かれた家でしか着られない程度には薄手の部屋着だ。
マクトベラシュカは土地柄、雪が降りにくい。宝樹の傘の外側では一年中夏が続いている代わりに、宝樹の幹に近づけば、ほぼ年間を通して冬が根を張っている。それでいて、アノマリスの巨大な傘に遮られて、なかなか雪は降ってこない。葉に染み込み、枝に拾われ、いつしか雨垂れに変わって地面に吸い込まれるのが関の山だ。ともあれ、言い換えれば雪が降らないだけで、雪が降る程度の気温であることに変わりはない。ワンピース一枚では、三十分で凍死するだろう。
自分の部屋着の裾を視る。レナちゃんとお揃いの白いワンピース。浅黒い肌の私には、少し眩し過ぎる気がする。でも、お気に入りの一着。
「あたし、白がいい!」
「お前は駄目だ。三日でカラフルになる。赤と茶色と黒と緑でな」
「擦り傷と泥汚れとソースと草擦れなんてしないもん!」
「心当たりがあるようで何よりだ。お前は駄目だ」
半年くらい前だろうか。コルクの街に出て、このワンピースを見繕った時のこと。ゼルはまるで母親みたいに呆れたため息をついた。私は内緒でクスリと笑う。レナちゃんが絵具を――正確には絵具を溶いたあとの濁り水を――ぶちまけたワンピースを着ていたって、ゼルには何の関係もないのに。レナちゃんが泥だらけになって駆け回るような女の子だと分かっていて、レナちゃん自身は気にしないのにゼルさんが気にしているなんて。まるで本当の親子みたいだった。
「ぐぬぬぅ。じゃあピンクにする。その代わりハナちゃんを白にするけどいいの!?」
それは取引になっているんだろうか。
「いいだろう」
「なんでいいのよ!? 全然納得できない!!」
そんな経緯で、私の手元には雪色のワンピースが、レナちゃんには桜色のそれが贈られることとなった。
「羊のコートを上から羽織れば大丈夫なとこ?」
「エピフじゃないとダメ。凍死する」
「そんなところに寝間着でいこうと……?」
言いながら、厚手のコートに袖を通す。少し高級な、あんまり使わないコート。剣のような高山地帯に巣を作る、空飛ぶ――らしい。実際に見たことはない――もふもふの生き物、エピフの羽毛を使って作られている。少々オーバーサイズで、私やレナちゃんだと、なんともコートに着られているような感じがある。
たまにこのコートに袖を通すたび、私は命の残りを確かめる。ゼルはもう私に、新しいコートを買わないだろうから。オリーブのコートの背から髪を括り出す。薄桃色のマフラーを巻いて、水色のマフラーをレナちゃんに巻いてあげる。柔らかめにくるくると回してから、首元で蝶々をつくって完成。ふわふわな蝶もかわいいけど、マフラーを巻かれている間、無抵抗な子猫みたいに目を瞑るレナちゃんがもっとかわいい。
鏡の前に立った彼女は、くるりと一周ターンしてから私の方に向き直った。
「むふん」
「お気に召してよかった」
「もしかしてあたし……かわいいかも!?」
「いつもかわいいよ」
「やったぁ」
彼女は日向のような顔で笑うと、私の手を引いて歩き出した。私は連れられるままに、その華奢な腕についていく。闇夜の中を、カンテラを灯して漕ぎ出した。




