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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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継承の一矢

「惜しかったですね、ウィーロ君」

 ひとつ、大きく息をついて、エルフはこちらを見下ろしていた。呆然として空を見つめるオレの視線の先で、男はしかし満足げな表情を見せた。

「見事でした」

「どうやって」

「あなたが切り裂いた私の首。魔術で作成した人形の首です。植物でモノを偽装するのは、私の得意分野でして」

 転がったストースの首を見る。いや、それは最早人の首の形すら保っていない。ただの蔦植物の塊でしかなかった。

「馬鹿な。いくらエルフの魔術でも、植物で人の目を欺くなんて」

「ええ、エルフ御用達の生物魔術ではありません。どちらかと言えば、白世(はくせ)の術式ですから」

 聞き覚えのない言葉に疑問符を浮かべながらも、オレは頭をさすって上体を持ち上げた。座り込んではみたものの、三半規管がぐるりと回り、立ち上がれる様子ではなかった。

「そのうちゲリーも目を覚ますはずです。ですが、すまない。労働者たちはもう駄目です。間違いなく、私が殺しました」

 その言葉と同時に、オレは思わず視線を上げた。真っ白にぼやけた視界の中で、必死の鏃に貫かれたはずの父が、ゆっくりと呼吸をしていた。

 ストースが馬を呼び寄せる。

「彼らの脳は、救いの施しようがありませんでした。ホロウメラデュラに、完全に汚染されています。君の父君も、少なからぬ汚染に蝕まれていた。それは、分かっていたのでしょう?」

 足元の丈の長い草を握りしめた。

 エルフはこちらに視線を向けないままに、語りかけた。

「よければ聞かせてくれませんか。君たちは、なぜ、こんなことを?」

「……ただの、自己満足です」

「労働者たちと父を犠牲にしてまで、インケラーシャを、育むことが?」

「そうです。ゼルさんを引き込み、父とオレと、三人で、この計画が始まった。ホロウメラデュラを使った計画をゼルさんが持ち込み、父が薬園の広大な土地を用意し、そして、オレが、その行き着く先を決めた」

「そうまでして、何を?」

「宝樹アノマリス、その破壊工作」

 天を仰いだまま、オレは呟くように言った。肌を撫でるような冷たい風が吹き抜け、ストースの青い髪を揺らした。

「理解できません。アノマリスはマクトベラシュカのいわば心臓部。この大薬園の植生は、完全にアノマリスの傘に依存しています。あれを失えば、この薬園そのものの存続が危ぶまれることになります」

「別にいいんですよ。オレはこの薬園が嫌いなんです。本当に、大嫌いだ」

「……しかし、ゲリーが賛同するとは思えません。彼は実質的な薬園の支配者。マクトベラシュカが生み出す利潤を最も享受しているのは彼のはずです」

「あはは。そうですよね。その通りです。でも、言い出したのは父なんですよ。オレにアノマリスの亡種を差し出しながら、アノマリスを殺そうと、そう告げたんです。アーシャを……失った翌日でした」

「その方は?」

「労働者の一人です。エイゾラに、殺されました。原生群島の出身で、奴隷同然に連れてこられた女の子でした。白っぽい髪に、少し日に焼けた肌。ずっと明るくて、いつか、この薬園の外の景色を一緒に見ようと。そう……オレに言ってくれた人、でした」

「大切な人、だったのですか」

「それは……。そうですね、きっと、そうだった」

 虚勢が、少しだけ疼いた。しかし、心が噓を吐くなと喚いていた。認めた途端、目頭が熱くなる。零れ落ちる涙が視界を遮り、地面を覆い尽くした真っ白な花弁を濡らした。

「好きだった。オレは、アーシャのことが、好きだった。心から、心の底から、愛していた。滑稽でも構わない、馬鹿にすればいい。それでもオレは」

 言葉に詰まった。息が続かず、喉が開かず。それでも絞り出したうめき声のような音が、吐き出すように声帯を震わせた。

「彼女を喪ったことに、耐えられなかった」

 とめどなく、流れ落ちる涙が鼻先を零れ落ちていく。

 滲んだ視界の先に、花開くような笑顔が浮かぶ。可憐で、屈託のない彼女の笑顔。お気に入りのベリーを頬張る、少し照れた顔。オレの隣で、頬を朱に染めた、愛らしい顔。一瞬のうちに、すべてが血に塗れたあの刹那を、オレは死んだって忘れない。

 あの日、アーシャを喪った翌日、泣き散らした己をかなぐり捨てて、父とともに歩み出した道。それ以来、心の奥底に圧し潰してきた想いが、堰を切って溢れ出していた。

「……ウィーロ君は、それで良いのですか。忌むべき土地かも知れませんが、アーシャさんと過ごした土地でもあるでしょう。この薬園を失ってでも、それでも、エイゾラに一矢報いようというのですか。責める気はありません。ただの疑問です。あなたにとって、それは労働者たちが命を落とすに値するのですか」

「それは、違います。オレたちがしたいことは、そんなことじゃありません」

「ですが、宝樹を破壊すれば、マクトベラシュカの植生は完全に破壊されます。帝国の薬効植物の供給を支えるという役割も失い、帝国からの干渉もこれまでの比ではなくなります。最早、独立自治を保てる保証すら無いのですよ」

「いえ。いいえ。大丈夫、そんなことは起こしません。オレたちの目標は、あくまで破壊工作です。破壊そのものではないんですから。むしろ、アノマリスがもしも本当に朽ちようものなら」

 オレは、彼方に聳え立つ宝樹を眇め見た。

 ゼル、今、どうなっているんだ。レナとハナは、もう先へと進んだのか。その制御は、きちんと成されたのか。

 一抹の不安が、心臓の底から湧き上がる。

「もしそうなるなら、全霊をもって止めなければなりません」


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