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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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流星の先触れ2

 轟、と周囲に暴風が吹き荒れる。物理的な衝突ではなく、マリアがアノマリスから吸い上げる膨大な魔力と、魔王が僕に授けた祓魔のインケラーシャが、互いの理不尽な性質を叩き合う爆発だった。

 だがその性質上、祓魔のインケラーシャが敗ける道理がない。おそらくこの遺物は、魔王の術式すら砕いてみせるだろう。事実上唯一と言っていい、かの魔王を殺しうる武器なのだ。

 見開いた瞳の先で、小剣が嵐を両断する。マリアの術式を切り裂いて、祓魔のインケラーシャが天使の肩口に突き刺さる。

「っあぁああ!!」

 花びらにも似た鮮血を散らしながら、彼女は悲鳴を上げて藻掻いた。だが、ほとんど魔力に裏打ちされたマリアの力は、練り上げられた傍から魔王の短剣に磨り潰されて消えていく。今しかない。

「シヴ!」

「ゆぬ、おさえてる」

 静電気が耳元でバチバチと音を立てる。真空放電を思わせる、重低音の暗い神鳴り。スローモーションのように、僕の背後を通り過ぎていくのが解る。分かっていてもなお、その空恐ろしい魔力の拍動に、背筋が凍り付くのを感じる。それは雷光と炎熱を司る、神の気配。

 逆巻く熱気がシヴの左腕から立ち上った瞬間、マリアが肌を震わせるほどの咆哮を上げる。

「っ!?」

 息を吞むような一瞬の間。彼女は祓魔のインケラーシャが突き立った左肩に食らいつき、右手をあてがい、その一息の内に、左肩を引き裂いた。ブチブチと耳を塞ぎたくなるようなグロテスクな音を立てて、筋繊維が張り裂ける音が聞こえる。それはまるで鬱蒼と生い茂った蔦を力ずくで引きちぎるような、大粒の雨垂れが窓をしきりに打つ闇夜のような。

「――――――ッッ!!」

 耳をつんざくような叫び声をあげて、マリアは大きな瞳から鮮血のような真紅の涙を迸らせる。呆気に取られて不意を突かれた僕を尻目に、シヴの左拳が容赦なく一閃される。

 直撃に見えた。

 だが、左肩を失ったマリアは僅かに急所を外し、その業火に焼かれながらも花園を転がってこちらを睨みつけた。とはいえその頭部は三割近く欠損し、片腕を失い、シヴの術式に破壊され尽くした肉体は内側から弾けたように皮膚が所々破れている。最早直視に耐えるものではなかった。

 それでも、マリアの肉体修復はとどまるところを知らない。早回しに蔓が生い茂るように、自己再生する筋繊維、脳細胞、骨格。その全てが瞬く間に天使の四肢を紡ぎ直していく。

 生物にはおよそ不可能な再生能力。まさか、そのエネルギーが無尽蔵であるはずもない。いつかは限界が来る無理な再生だ。

「すごく、むりしてる。いつか、なおらなくなる」

 シヴの考察に頷く。だが、話はそれほど悠長ではない。

「マリアの再生が終わるときは、アノマリスが枯死する時だ。待っていられない。それと、もう一つ。情けないんだけど……」

 視界が一瞬暗転する。僕の少ない魔力が、ついに底を尽きかけていた。魔力消費の少ないアラニエ、それに魔眼による最大限の効率化を図ってきたが、それにも限度がある。魔力パスを繋げば一時的にシヴの魔力で戦えるものかと思っていた。実際それは間違いではなくて、アラニエの魔力や膂力の強化には大きく役立っていた。しかし、どういうわけか先触れの魔眼だけは、僕の生命力にも等しい蝋燭の灯程度の魔力をゴリゴリ削っていく。

「これ以上は、僕が持たないかも」

 その言葉尻を待っていたかのように、脳内が一瞬ブラックアウトする。脳神経が焼き切れたかのような感覚に頭部に激痛が走り、僕は意識を失った。それはほんの一瞬、あるいは数秒ほどの間だったのだろうか。

 シヴの呼びかけがすごく遠くに聞こえた。必死に僕を呼ぶ声が、幼い少女の泣きそうな声が、僕の鼓膜を震わせていた。手を伸ばそうにも、脳が麻痺しているような感覚だった。身体が熱に浮かされたようにぼやけて、まるで麻酔でも掛けられたみたいに四肢は言うことを聞かない。

 それでもなお、僕の瞳が告げてくる。天使が組み上げる術式の存在を、集積する魔力量を、その腕に握られた剣を、僕の眼が、警告していた。

(シヴ、背後だ。マリアが来る。向き直れ、僕のことなんて気にするな)

 唇が震え、喉は絞まり、言葉が詰まって出てこない。

 それ以上、僕に出来ることなど無かった。白刃が煌めき、シヴの小さな背中に突き立ち、心臓に突き刺さる。シヴの胸骨を貫いて、刃の先端が血液に染まった顔を覗かせる。帯電していた魔力が霧散し、炎の熱が冷涼な薬園に消えていく。抱き留めた小さな身体はみるみるうちに熱を失って、強張った瞳が固まり、呼吸が浅くなる。

 先触れの魔眼が告げる悪夢が、その刹那の一撃にかき消された。

「どうして」

 マリアが小さく呟く。

 彼女が音もなく投擲した白刃の一振りは、針の穴を通すほどに正確にシヴの心臓を狙い打っていた。空気を切り裂き、しかし音より速く、気配もなく。その柔らかで華奢な背中を刺し貫く直前、一本の(やじり)が、その軌道を変えた。

 甲高く響き渡る金属音。十全な魔力の籠った一射が、遠く一キロ程も離れた場所から、過たずマリアの一刀を打ち砕いて見せた。

 男は長い髪を風に乗せ、僕らの方へ歩み来る。

「お待たせしました、シヴ、トキ君」

 その長身にも負けぬほどの大弓を携えて、ストースは第二射を番えた。


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