流星の先触れ1
「シヴ」
「んぬ?」
僕の呼びかけに、彼女はトンと身を翻して飛んできた。一瞬前まで、五十メートルも離れた宝樹の麓でマリアと撃ち合っていた御仁だ。ただでさえまだ見ぬ景色に視界がジャックされてクラクラしているのに、目の前の少女との力量差にちょっと眩暈がしてくる。
「うん、どうしよう」
「ゆぬ、トキ、じかんない」
「そうだよね」
呼びかけたはいいものの、次の一手が分からない。僕の魔眼が、いま現実の一手先を捉えていることには疑いがない。これは明確な、あまりにも大きなアドバンテージだ。だが、それを僕が持っていても仕方がない。マリアと向かい合っているのは彼女なのだから。
「僕とシヴの間に、魔力パスを繋ぐ」
「ぱす!」
「うん。どうすればいいかは……わかんないんだけど」
「トキ、ぱす、やったことないか?」
「え。シヴはあるの?」
「ゆぬ。むろん、むろん」
シヴはそう言うと、爪の先でその細い指にすっと切れ目を入れる。零れ落ちた血液を核に、シヴの魔力が球形に生成され始める。その小さな手より一回り大きい球体をぐるぐると回転させ、
「ぬ」
僕にぶつけた。
「え?」
馬鹿にならない衝撃が胸部に直撃し、僕の脆弱な身体が数メートル飛んで転がった。思わず咳きこみながら起き上がって彼女の方を向き直る。
「何してるわけ!??」
「……パス?」
「ドッジボールだね! 今のはね!」
「それ、なに?」
「ボールを他人にぶつける遊びだよ。顔面以外セーフなんだ。積極的に顔面にぶつけていこう」
「トキ、あうと」
「やかましい」
頭を掻いたときだった。魔力の流れに、違和感が生じた。まさか、本当にこんなことで? 眼をやると、確かに僕の中からシヴに向って、一直線に魔力パスが引かれていた。そんな馬鹿な。
「パス繋ぐために毎度こんな事されてたまるか……シヴ!」
「ぬ? んぅぬぅ??」
とはいえ、これで彼女に僕の「魔眼の景色」共有できる。突如視界に流れ込んできた「未来」の映像に、一瞬ふらりとシヴがバランスを崩す。慌てて背中を抱えると、彼女はきゅっと両目を瞑った数秒ののち、紅く光る瞳をゆっくりと開けた。まるで、宵闇に浮かび上がる猫の眼を見るようだ。
「シヴ、目が赤い。大丈夫?」
「ゆぬ? トキも、あかい。せーふ」
「え」
尋ねようとしたが、僕の腕の中から小さな身体がするりと抜け落ちていく。シヴの視線の先を追う。完全に身体を元通りに補完したマリアが、一歩ずつこちらに歩み寄ってきていた。
「慣れないよね、これ」
「なれない。けど、シヴ、いまずっとつよい」
「僕もちょっと参加するよ」
「わかった」
ただ一言、シヴはそう言って肯定した。僕は思わず苦笑する。大丈夫か、とか、足手まといだ、とか。君にはそんなこと、一瞬でもよぎったりしないらしい。
ぎゅっと拳を握りしめる。拾い上げた小剣に魔力を流し込み、蜘蛛の脚が背から僕を囲い込む。
マリアが地を蹴り、僕らの眼前へと一息に迫る。およそ目で追えないほどの速度で駆けるその真紅の天使を、しかし僕の眼は逃さなかった。それどころか、その光景を一瞬早く映し出す。
アラニエが、マリアの進行方向を「予め」塞ぐ。顔を顰めた少女が一瞬速度を緩めたところに、雷を迸らせながらシヴがその横腹を抉る。
「ぅぐっ」
苦悶の声を上げて、マリアが数メートル後退る。だが、その瞬間をこそ、僕が逃さない。彼女の背を目がけて、漆黒の短剣が振り下ろされる。
マリアの瞳が目まぐるしく動き回った。
彼女の関節は聞くに堪えない悲鳴を上げながら、その可動域を無視して振り返る。
祓魔のインケラーシャに、再誕のインケラーシャが、その全霊の魔力をもって応えた。




