招待状
一瞬で魔法のように現れたその塔は、白と灰色の石材で組まれており、吹雪に晒されてなお、悠々と二人を見下ろしていた。
「…気がつかなかった。もうこんな近くまで来ていたんだな」
「さっきから、ちらほらと見えていたと思うけどね。とりあえず行こうか」
「ああ」
二人は歩き出した。
ノアとアーサーが近づいていくと、霧の合間から塔の全体が見えるようになってきた。
思っていたよりも遙かに巨大だ。どれだけ見上げても塔の先端が見えない。上の方に尖頭アーチ型の窓らしきものが見えるが、それもこの距離では開いているのか閉じているのかさえ分からなかった。
「ずいぶんと立派な塔だな。側防塔か…?」
首を限界まで後ろに反らしたノアがぽつりと言った。
「側防塔?」
隣に居たアーサーが耳聡くノアの言葉を拾い、質問してくる。
「普通の塔じゃなくて、敵を迎え撃つために建てられた軍事的な塔のことだよ。その場合、あの円柱の塔の中は時計回りの螺旋階段で出来ているんだ。階段を降りる者は右側が広いから自由に剣を振るうことができるけど、塔に上るものは柱が邪魔をして武器を上手く扱えない。まあ右利きの侵入者に限るけどな」
「へえ、ということは階段の幅も狭いのかな?」
「ああ、多分大人一人分くらいの狭さだと思うぜ。そうすれば多数の敵が攻めてきても、一対一で戦うことができるだろ?」
「そうか、知らなかった。すごいなあ」
アーサーもノアと同じ様に首を反らしながら、大樹のように伸びる塔を見上げて呟いた。
さっきノアの目を見た時と同じ反応だ。
(こいつに限っては俺の目も、塔の内部構造と同じくらいの価値らしいな…)
内心で溜息をつきながら、ノアは相槌を打った。
「な。とはいえ、思ったよりでかい城だよな。塔一つでこんなにも大きいとは」
招待状を貰った時に一度は架空の城を想像した。
けれど頭で思い描いていた以上に目の前の城は巨大で美しかった。
「…ところで、アーサーはどうしてこの城に招待されたんだ?」
ところどころ固まっている地面の雪を注意して避けながら、ノアは聞いた。
「それが分からないんだ。一週間くらい前に突然招待状が届いたんだよ」
アーサーはぼんやりと上を見上げながら答えた。
それは上等な封筒でやってきた。世にも珍しい鮮やかな深紅の封筒。
城の紋章なのか、複雑な模様が刻印された金色の封蝋が中央に押されている。封筒を開けると、滑らかで上質な二枚の紙と小切手が姿を現した。折りたたまれたそれを開くと、紙の上には繊細で美しい文字が並んでいた。
親愛なる アーサー・××××様
突然のご挨拶失礼致します。
この度は当城にて開催される記念祭につきまして、ご案内をさせていただきます。
我が城では数十年に一度、栄誉ある皆さまをご招待し、心ばかりの記念祭をさせていただくことを伝統としております。
記念祭とは当城の繁栄を祝し、皆さまのご活躍を祈念するものであります。
この度の記念祭に是非貴殿にご参加いただきたいと思い、招待状を送らせていただきました。
ご出席は任意とさせていただきますが、奮ってご参加ください。
貴殿が本当に欲しいものをご用意してお待ちしております。
城主代行 エセルバート・オルロック
二枚目の紙には催しものの詳細と城までの道順が記載された地図があり、交通費と称した小切手が一緒に入っていた。
どう考えても怪しい。不審極まりないおかしな手紙だ。
こんなものは質の悪い悪戯だと言って、破って捨ててしまえばいい。けれど。どうしてだろう。それが出来なかった。深紅の招待状には不思議な魔力のようなものがあった。危険なものであると頭では分かっているのに逆らえない何かがある。
いたずらにしては凝りすぎており、本物であるには不審な点が多すぎた。どうして自分が選ばれたのか。どうして自分のことを知っているのか。この招待状にはそれらの理由が一切書かれていない。
まともな人間であれば、絶対に相手にしない招待状だろう。
悪戯程度ならばまだいい。
だが、物騒な事件もある昨今、見ず知らずに人間の元へ行けば、どんな犯罪に巻き込まれるのか分かったものじゃない。
それでも、何故だか。おかしなことに。
ただ繰り返される日々の中に一筋の光が射したように、それは魅力的なものに見えた。
「俺も同じだ。お前と同じように招待状が届いた。一体どうして俺なんかを招待するつもりになったのか、それが聞きたくてな」
ノアは招待状を見ながら続ける。
「封筒には切手も消印もなかった。普通の郵便で届いたものじゃない。誰かが俺たちに直接招待状を届けにきたんだ」
「それなのに、手渡しではなかった」
アーサーもノアの言葉に相槌を打った。
「ああ。不思議だよな。手渡しできない事情があったのか、できる限り人に見られたくないのか。ただ招待状を置いていっただけじゃ、俺たちが気づかない可能性だってあるのに。お前はこのこと誰かに話したか?」
「いや…誰にも」
「それはまずいな。俺も誰にも言わなかった。念のためにどこに行ったかだけは、紙に書いて置いてきたけど」
「そこまで警戒しているのに、君は来たんだね」
アーサーは馬鹿だなあ、とでも言うように苦笑した。
「お互い様だろ」
ノアも笑った。
「お前だっていかにも怪しいと分かっていながら、ここまで来ているじゃないか」
「ああ。そうだよ。僕も結局ここまで来てしまった」
アーサーは城を見上げながら言っ た。
堅牢で巨大な城はおおよその姿をノア達に見せ始めていた。
「何でだ?」
「何となくね…。呼ばれている気がしたんだ」
アーサーの目は静かだった。思慮深そうなグレイッシュブルーの瞳が細められる。
しばらくの間沈黙が続いた。
「…!」「!」
雪が降りしきる中、二人は足を止めた。
巨大な塔と灰色の城壁が目の前で彼らを迎えていた。




